片思いの曲がり角

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目を閉じたまま大堀とキスを交わしたのは、初めての経験だった。 濡れた唇を角度を変えて何度も味わっていると、熱い吐息が唇にかかる。 もっと深く味わおうと、歯列を割って舌先でくちゅりと唾液を絡ませる。 気がつかれない程度に薄く目を開けると、綺麗に伸びたまつげがわずかに揺れていた。 ――綺麗だな……。 名残惜しく感じながらも体制を変えようと一度唇を離すと、既にとろんとした視点の定まらない目でこちらを見上げる姿にくらりとする。 引きつけられるようにもう一度口づけを交わし、口内を丁寧に愛撫していくと…… 徐々に大堀の息が短くきれていく。 今までは一挙手一投足を見逃すまいと、瞬きをすることすら惜しく思えた。 しかし、目が苦手だと言われてしまえば、あまりじろじろと視線を交わすのも躊躇われる。 視線を合わせないように俯きがちに大堀の肌を徐々に暴いていくと、急に腕を掴まれた。 そのことで下肢が大堀の太腿に軽く擦れ、欲望が膨れ上がりそうになりながらも寸前のところで押しとどめる。 まだ挿入どころか触れてもいないのに、性器は既に硬く熱を孕んでいた。 大堀がいなくなってからはすっかり減欲していたのに、少しキスを交しただけですぐに反応する自分の身体に戸惑いすら覚える。 朝まで腕に抱きかかえていた身体が、今も腕の中にあるというだけで…… こんなにまで幸せに感じられる。 「相葉……。」 「何?」 急に名前を呼ばれて顔を上げると、心配そうな顔で俺を見つめる大堀に気がついた。 「体調悪い?」 「は?」 「いや、だって……さっきから全然視線合わないし。」 「別に。」 そう言いながら見つめ合っていたことに気がつき視線を逸らすと、大堀が俺の額に手を伸ばす。 もちろん熱があるわけでもないが、大堀は不思議そうに顔を傾げている。 「気分乗らない……とか、ではねえか。」 互いに密着しているから、俺の下肢の状態はバレているようで…… 大堀はぶつぶつ独り言を漏らしながら原因を探っている。 この状況でしつこく探られても困るわけで、仕方なく自ら口を割ることにした。 「……嫌、なんだろ?」 「え?」 「俺の目が。」 「え、あ……。」 俺がそう言うと、僅かに視線を泳がせながらも…… ぽかんとしたアホ面で俺を見つめてくる。 「何?」 「そんなこと気にしてたの?」 大堀にとってはそんなことで片づけられる問題なのかと思うと…… 妙に侘しく、寂しく思った。 「なんか、怒ってる?」 「別に。」 「でも、眉間に皺寄ったし……。」 「気のせいだろ。」 「でも、テンション低いし……。」 「生まれつきだ。」 「だって、なんか……相葉らしくない。」 大堀にとって俺らしいというのは褒め言葉とは受け取りにくいが、自分でもらしくないということには気がついている。 人の言葉に萎縮して自分を曲げるなんて愚かなことだと思いながらも それが好きな奴の言葉となれば、多少なりとも気にはなる。 あんな甘ったるい優し気な顔も、ホスト紛いの甘い言葉も言える自信は全くない。 片岡とは対に位置する俺という存在を、大堀が受け入れてくれるわけがない。 嫌われている自覚はあるが、好かれている自信なんて端からないのだから…… これ以上嫌われるようなことはしたくない。 そんなことを考えていると、ひとつの馬鹿な考えが頭に浮かんだ。 「片岡は、どうやってお前のこと抱いた?」 「え?」 意味が分からないと焦りながらも、片岡との行為を思い出しているのか…… 耳まで赤く染まる大堀の視界を脱がしたシャツで覆い隠した。 「想像させてやる。」 「ちょ、うあ……何?」 突然の暗闇に騒ぐ大堀の身体を力で抑え込み、宥めるようにキスを重ねると 次第に抵抗が治まっていく。 「俺の顔がちらついたら、片岡の甘ったるい顔なんて想像できねえだろ?」 俺の言葉に最初は言葉にならない声を発していたが…… 視界が遮られているため羞恥心がそこまでないせいか、ぽっつぽつと囁くような声で話し始めた。 「さ……砂羽は、結構強引だったかも。」 「強引?」 「あ、痛くされたことはないけど、性急っていうか……焦らしたり、は少なかったかも。」 「キスは?」 「なんか……甘いって言うか、でも舌吸うの好きだったかも。」 その言葉にもう一度唇を合わせ、片岡がしたように蕩けそうなほど柔らかな舌先をきつく吸う。 それだけでぴくりと元気になる大堀の性器に、頭の中で舌打ちをする。 「こう……か?」 「ん、似てるかも……もっと、して。」 ねだられるままに唇を塞ぎ、貪るようにその舌を味わっていると…… 大堀の方から積極的に舌を絡めてくる。 逃げる舌を好き勝手に蹂躙するのも楽しいが、大堀の方が積極的というのは新鮮だ。 まるで恋人になったような気分で、長く深いキスを交わす。 誘われるまま身体中に痕を刻み、それをふと見下ろすと…… 以前片岡がつけたキスマークの場所と見事一致していることに気がついた。 息が上がってきたせいで錯覚し始めたのか、最初は俺の名前を呼んでいたはずなのに いつの間にか、片岡の名前を口走り始めた。 「あ、あー……んんっ!砂羽、イきそっ!!」 大堀は片岡の名前を何度も何度も呼びながら、身体を思い切りしならせて白濁を飛ばす。 その呼び方に答えるように、片岡だけが許された大堀の名前を俺も呼んだ。 この前抱いた時には「ヤだ」とか「無理だ」とか否定的な言葉ばかりだったのに、片岡の名前を呼び始めると…… やけに素直に身体を開く。 後孔に硬い熱をあてがっても、怖がることもなく自ら腰をすすめる姿に なぜか心が沈んでいく。 肉と肉がぶつかる鈍い音と甘く高い嬌声。 とんでもなく淫らに腰を揺らし、淫猥な言葉で誘う姿はこの上なく魅力的で 収縮を繰り返す粘膜の柔らかさは、今まで感じたことのないほど気持ちがいい。 でも、心はどこか冷めていて この前感じた興奮は得られず、支配欲は一向に満たされない。 熱を最奥に放っても解放感は得られず、むしろ閉塞感が残った。 絡みつく粘膜の律動を感じながら自身を引き抜くと、肢体が軽く痙攣する。 俺がつけたはずの赤い痕も、片岡の代わりにつけたものだと認識すると…… 今抱いたはずなのに、他人の行為を見ていたような錯覚すら覚えた。 ――何、してんだか……な。 自分からそういう風に仕向けたくせに、終わった後の後味の悪さに頭を掻く。 大堀の視界を覆っていたシャツを取り去ると、今まで見たことがない程幸せそうな顔で眠っているのを見て胸がつまった。 片岡とどうなったのかは聞けていないが、大堀の感情は寝顔を見るだけで明らかだった。 腹に飛び散った精液を指で拭って口に運ぶと、この前と同じ甘い味が舌に残る。 イかせたのは俺なのに、抱いたのは俺なのに まるで誰かの情事の後を見せつけられているような気分に陥る。 幸せそうな寝顔を見ているのが妙に苦しくて、大堀には背を向けてその横に寝転んだ。
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