片思いの曲がり角

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昼前に大堀を起こし、2人で朝飯件昼飯を無言で食べる。 味噌汁は嵩が減ったせいか以前作ってくれたものよりもしょっぱくて、保温しっぱなしのご飯は水分が抜けて少し硬い。 卵焼きは焦げて苦みがあるし、どれもこれも美味いとは言えないもので、俺が1人で作った方が美味いものにはありつける。 それでも、大堀がいないときに1人で食っていた食事にくらべれば、質素な食事も美味く思えるのが不思議だった。 大堀と暮らした時間は本当に僅かで、独り暮らしをしている期間のほうが明らかに長い。 1人でいる時にはなんでもなく暮らしていたはずなのに、たった数日一緒にいた時間が満たされ過ぎていたせいか…… やけに冷たく色味のない生活に思えた。 以前、ここに1人で寂しくないのか大堀に聞かれて意味が分からなかったが…… 寂しさというものは、それがなくなって初めて気づく感情なのだと、今回のことで初めて思い知った。 そんなことを考えながら静かな食事を終えると、大堀が分かりやすいため息をつく。 「何?」 「それはこっちが聞きたいし……何、この重だるーい空気?」 げんなりした顔でそう言いながら、こちらをじっと睨んでいる。 その視線を無視して立ち上がり、皿洗いをしようと腕をまくっていると…… なぜか大堀も俺に続いて流しに立った。 「バイト急がないと間に合わねえんじゃなかったのか?」 時計を見ると、そろそろ出なくてはいけない時間が迫っているのに…… 大堀はちらりと時計に視線を送ってから、俺の手首を掴んで見上げてくる。 なんだと思って見下ろせば、気まずそうに俯きながらも…… 手首をぎゅっと握ったまま、ぼそぼそと話し始めた。 「砂羽とは、ちゃんと別れたから……。」 「は?」 それだけ言うと、用は済んだとばかりにあっさりと手を離す。 「お前、告白しに行ったんじゃねえのか?」 「するつもりだったけど、状況が変わったんだって……。」 「状況?」 意味が分からずに首を傾げたが、それ以上話すつもりも時間もないのか…… 洗面所に向かう大堀の背中を追う。 「とにかく。3年虐めたから3年はここにいていいって、相葉が言ったんじゃん。」 「まあ、言ったけど……。」 鏡越しにちらちらと視線を合わせながら話を聞いていると、大堀がくるりと振り返った。 「なのに、さっきから妙に冷たくね?」 「俺が冷たいのは、今に始まったことじゃない。」 「だーかーらー!」 なんだか苛立った様子だが、その真意は分からない。 「何?」 「言いたいことはちゃんと言ってくれないと、分かんないんだって。」 じっと睨むように見つめる眼差しに首を傾げると、なぜかひどく落胆した顔で視線を逸らされた。 俺から見ると、大堀の言いたいことの方がよく分からない。 「そんなにここが嫌なら、出て行けばいいだろ?」 「金返してないし、行くとこないし……。」 「じゃあ、いればいい。」 「だーから、もうっ!!」 そう結論を述べると、先ほどよりも声を荒げながらこちらに近づいてくる。 急に胸ぐらを掴まれ少し前のめりになると、大堀とぴたりと目が合う。 すぐにその手を払って視線を逸らすと、大堀は不思議そうにこちらをじっと見上げてくる。 「なんでさっきから、視線逸らすんだ?」 「お前が見られるのが嫌だって言ったんだろーが……。」 俺がそう言うと、しばらくアホ面で固まってしまう。 大堀にとっては「そんなこと」で片づけられる問題なのかもしれないが…… 先ほどの言葉は、意外なほど心に刺さっている。 中学時代に俺が大堀に告げた言葉はこれの比ではないと思うが、少しだけあの時のこいつの気持ちが分かった気がした。 2人で無言のまま微妙な空気を醸し出していると、その沈黙を破ったのは大堀だった。 「あれは、中学ん時の話だし……。今は別に、そこまで気にならない。」 少し言いにくそうに話すと、照れくさくなったのか…… 俺に背を向けたまま支度を始める。 「……そうか。」 ぽつりと言った俺の言葉が大堀に届いているのかは分からないが、少し安堵して煙草を口に銜える。 椅子に座りながら大堀の丸くなった背中を眺めていると、背を向けたまま大堀がぶつぶつと話し始めた。 「慰めてくれるって言ったくせに……。」 「あ?」 「振られたら慰めてくれるって言ってたのに、むしろ……冷たくされてる気がする。」 「片岡に振られたのか?」 「どちらかと言えば……振った感じ。」 ――何がどうしてそーなった……? 俺に理由を探られたくはないのだろうが、大堀と片岡の関係が終わったのはどうやら事実らしい。 まあ、大堀のことだから……この後また復活する可能性もないわけでもない。 それに…… 大堀のあの幸せそうな寝顔を見て、まだ気持ちの面では吹っ切れてないことが嫌でも分かる。 心の真ん中には片岡の存在が大きくあって、俺があの片岡に太刀打ちできるわけもない。 ――そもそも、人を慰めたことすらないのだから……。 「なら、当てはまらねえだろ?」 俺がそう言うと、大堀はこちらを見つめながら おずおずと質問をなげてきた。 「あ、のさ……セックス飽きてきた?」 「……なんで?」 なんでこんなにも話が飛ぶのか理解に苦しむが、大堀は言いにくそうに言葉を繋げる。 「いや、趣向が変わった気がしたし……。」 「ああいうのが好きなんだろ?」 俺が煙草を消しながらそう言うと、さらに質問を重ねてくる。 「相葉って、砂羽になりたいの?」 「は?」 「砂羽に憧れてる……とか?」 「いや、別に。」 「あ!女にモテたいとか?」 「……馬鹿にしてんのか?」 俺が睨めば萎縮した表情で苦笑いを浮かべ、とんちんかんな質問を続ける。 「じゃあ、砂羽のこと狙ってる?」 「……なんで?」 「いや、なんか……そんな気がして。」 ごにょごにょと言葉を濁しながらも、本気でそう思っているのか…… こいつの思考回路に頭痛すら覚える。 ――成績はいいはずなのに、なんでこいつはこんなにも頭が悪いんだろうか? 「どこでそんな考えに至るんだ?」 「だって、砂羽のセックスの真似したりしてるじゃん……。」 ――すげえ、疲れる……。 この話を続けても何の生産性もない気がして、さっさと話を切り上げることにした。 「……時間、いいのか?」 「あ、やべ!」 ようやく焦った様子で立ち上がると、ばたばたと忙しなく玄関に向かう。 仕方なくその背中を追って、ヘルメットを押し付けた。 「ほら。」 「……何?」 「送ってってやる。この時間ならバイクのほうが速い。」 「あ、ありがと。」 微笑む大堀の頭を軽く撫でて、2人で地下の駐車場へと向かった。 エレベーターに乗り込むと、大堀はちらちらと視線を送りながらさらに話しかけてきた。 「あのさー?」 「何?」 「中学の時、俺のこと虐めてたのって……。」 「砂羽のこと好きだったから?」 ――そろそろ、一発くらい殴ってもいいだろうか……? 「もう、黙れ。」 「やっぱ、当たり?」 「煩い。」 「そのくらい、教えてくれてもいいのに……。」 「……疲れる。」 「え?」 「お前と話してると、すげえ疲れる。」 「なんだよ、それー。」 やはり本気で俺が片岡狙いだと思い込んでいるのか、ふて腐れた様子でこちらを睨んでいる。 あんな男のどこがいいのか大堀の趣味の悪さには心底呆れるが、あの男を俺がと考えるだけで吐き気すら覚える。 「さっさと乗れば?」 そう促すと、大人しく後ろに跨る。 軽く車体が上下に揺れる感触と同時に、手が腹の位置にぎゅっと結ばれる。 背中に感じる暖かい感触に、先ほどまでの尖った気持ちが薄れていく。 不可抗力だと分かってはいるが、この体制はなんだか甘えられているようで……嬉しくなる。 バレないようにメットで顔を隠し、時間に間に合うよう急ぎ足ではあるが…… 久しぶりのドライブデートを楽しんだ。
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