青い蜜柑

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その頃、一人残った大河は、い組で世話になっていた。朝、頼れるところはあるかと聞かれ、世話になっている剣の道場主に身をよせることができるかもしれないと答えた。謹慎することを言いつけられる可能性があるからそこから動かないようにと大杉に言われていた。数日、隠れるようにここにいた。 深山道場玄関。 「ダメだ、ダメだ!」 「ここにはそんなものはおらぬ!」 「そんなものとはどういうことですか!」 「町人風情が、先生にはお会いできん帰れ!」 「なんだと!先生とは数度お会いしたんだ、お前たちにそんなこと言われる筋合いはないよ!先生に会わせろ!」 新之助は道場着を着た男たちにかかっていった。 「何を騒いでいる!」 佐伯様! 一人の青年が止めました。 「君は確か」 「新之助と申します、大河の親友です、兄の勇士郎さまの結婚のことを聞きに何度かお会いしたものです、覚えてはおりませんか?」 「ああそうだったな、して何用?」 大河がいるのなら会いたいというのだがここには来ていないのだと佐伯という人は優しく言ってくれた。 「では一言だけ、もしも大河がここへ来たならば私はずっと友だとお伝えください!」 その声は、大河に聞こえていた。 ー―やあ、やあ我こそは、下総の殿の右腕、横山大河なり! 「ねえ、勇士郎様、なんで自分の名前を名乗るの?あんなことしてるまにぶすっとやられたら終わりじゃん」 「ははは」と白い歯を見せて笑う兄の顔。 くっ、下を向くと涙が落ちる。 武将が名をなるのには訳があってな、そこには武士の情けがあるのだ。名も知らなければ、だれがだれを殺して手柄を立てたのかもわからない。無用な殺生をしないためなんだろうけれどもな。 「戦いなんて嫌だね、そんなのなくてもいいのに」 「だから将軍様が一生懸命戦わなくてもいい安穏の世を作ろうとなさっているのさ」 「じゃあ、大河のやっているのは無駄だね」 「無駄っていうな!」 「じゃあ俺も!やあ、やあ我こそは、ン?」 「どうした?」 「次はなんていうの?」 新之助に大笑いした兄と俺だった。 「くっ、新之助、すまぬ」 新之助や進との楽しい日々を思い出し、涙に暮れるのだった。 新之助は追い出された屋敷の前で見上げた空は青く、真冬のキンとした寒さはなく,道は乾いていた。 「くそっ、こんな年はこの後絶対悪いことが起きる前触れだい!なんで、なんで!」 「くそっ!」と石を蹴った。 ポーンと飛んだ石は運悪く掘りべりで釣り糸を垂れる若い着流し姿の武士に当たった。 やべ。 「いっ!誰だ!」 知らないふりで通り過ぎようとした。 「くそっー、今日は踏んだり蹴ったりだー!」と竿を投げる人。 「お武家様、こんな日じゃ魚はつれないよ」 「そうか?」 あったかくていいのになーという人。 そうだ。 「これ、ダチと食べようと思ったんだけどさ食うか?」 「ん?なんだ、握り飯か?」 「うん、でもどこへ行っちゃったのかなー」 「なんだ、家出でもしたのか?」 「わかんない、ずっと探してるんだー」 「そうか、うんめー。なんだこの米」 「うめえだろ、俺が炊いて握ったんだ」 「へー、すげえな」 「ごめん、俺が蹴った石が当たったんだ」 「あー、別にいいさ」 「代わりにいい釣り場紹介してやるよ」 「握り飯だけでいいのに」 「俺、新之助、お武家様は?」 「まじか、奇遇だな、俺も新之助、へー、不思議なこともあるもんだ、俺は新さんでいいぞ」 「へー、それじゃあ新さん行こう」 「お、おう」 「なんだ、餌も悪いなー」 「そうか?」 二人は歩きだした。 八丁堀に近い大きな屋敷。ここは美濃守、大岡の屋敷。 「はー、入るの嫌なんだよなー」 「何が嫌なのだ?」 うわっ! 後ろからぬっと出た顔に驚いた。 「若様」 「若様はやめろよ」 そこにいた青年は稽古着のようなものを着ていた。 「すいません、親方から」 「大杉様から?まあ、中へ入れ」 大殿様は? 「本所だよ」 男はほっとした声を出した。 「父上の方がよかったか?」 「いえ、いえ!捕まったら最後、長いんだもん」と小さな声が聞こえ、吹き出した。 「兄上様方は?」 「その辺走り回ってるだろ?」 そうですね。ホッとしたのか胸を押さえている。 「ははは、お茶でも入れよう」 「え?若様が?」 「俺だって、茶ぐらい入れるぞ、まあ、入れ」 「まあ、それぐらいなら」 北と南というと町方だとわかるので、知り合いは、大岡など役職を持ったモノを方角で呼んでいた。 奉行という役職は新しくまだなじみがなく、大目付などとの対立は毎日のように小競り合いとなっていた。 北町奉行北条は外へ出ることはなく、もっぱら与力たちが自分たちで解決するしかないのだが、大岡のようなものにすくわれる一面もあった。 そして今出会った少年が二十年後、大岡越前として活躍するまだずーっと前の話である。 男は、火事の話をかいつまんで聞かせた。 「へー、これを」 「わかりますか?」 「いや?だが詳しい人がいる、ここに持ってきたのは正解だな、ちょっと待っていろ」 しばらくすると、なんですの?まったく、訳を話しなさいという甲高い女性の声がしてきた。 「あら、お客様?」 「ですから、申しましたでしょう、まったく、耳が遠くなられたのでは?」 「何を言いますか、まったく、忠助の母にございます」 ブーっ! お茶を吐き出した。 まあ、まあ。 「お、奥方様!わたくしは」 後ろで首を振る人。 「佐竹と申します、よしなに」 「それで?」 「これなんですが」 母親は、焼けただれた高炉を見ると、すぐに袖で鼻をふさいだ。 「これをどこで?」 「今は言えませんが、ある屋敷で見つかりました」 「蓋をして下げてちょうだい、佐竹様」 は、はいと座りなおした。 はっきりとは言えませんが、このにおいに近いものは知っております。 「それは?」 「まずは、これをもって、町医者の幽玄先生のもとを訪ねなさい」 「は、はい」 「母上、これは香木ではないのですか?」 ……。 「香木の偽物でしょうね」 「偽物、ですか?」 パタパタと袖で、においを追い出している。 香木とはにおいを楽しむもの、少しの破片を温めるぐらいで木の塊を燃やすことはしない。 ちょっと待っていなさいと母親は出て行き、しばらくして戻ってきた。 「香木は高価で、こんなに小さな欠片でも、金一両は下りません」 胸元から取り出した包みを開けて見せてくれました。 「…粉?ですか?」 「木の欠片です、あー息を吹きかけないで」 それを見た佐竹は腕を組み考え始めた。 「なにか?」 「いえね、ちょっと気になって」 「何がです?」 佐竹はこんなことを言いました。 呉服屋や、小間物屋であれば、こんな香りは女が喜んでつけるだろうが、米問屋はどうだろう? 「米問屋?」 「若い娘でも、米に香りが付いたら嫌じゃないかと思いましてね」 「でも、若い娘さんなら、少しぐらいは」 「いいえ、食べ物を扱うお店なら、親御さんはそうするでしょうね、かんざしや、紅ぐらいなら許しても、香りはつけないでしょね」 「そういうものですか?」 「そういう物なんです」 母のうんちくを聞かされた二人はやっとのこと外へ、佐竹に付き添い、幽玄先生を訪ねた。
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