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そして、やっとのこと国元へと帰ってきた柴田。
なかなか江戸から出ることができないほどに、彼の役職は大きくなっていて、自分が動こうとすると横やりが入り動けなかったのだ。
すぐに、国元へ送ったものは殿にあうことはできず、ましてや、横山の家は戸を閉め外部との接触がないようにしていたのには驚いたという報告を受けた。
柴田はその時痛感した、動けるものがいないために、いや動かせる駒がないことに。自分は遅れているのだということを痛感するのはこの後になろうとは思いもしなかったのだ。
元気になった殿様と会う、頭の中では横山の惨劇を伝え、死んだ者に罪を着せ、そして、息子の失態、次の跡目に。
「殿の、おなーりー」
ドン、ドンと太鼓の音がして、頭を下げた。
「柴田よ何故此度ここへ帰ってきた」
「え?恐れ多くも」
「伝えたものは聞いたが、どれも過去の話、世が何も知らぬと、古い話でごまかしておけばよい、そう思っておるのか?」
それにどきりとした、どういうことだ?知っている?誰が伝えている?手紙は止めているはずでは?
「いいえそのような」
「フー、江戸の始末までここでせねばならぬは都合がよいが、一人で帰ってきたのは、まさか江戸から逃げてきたのではないであろうな?」
どきどきと胸が鳴る。江戸から逃げてきた?
「何をそのような」
「そうか、総一郎は蟄居、上屋敷は将軍家より調べが終わるまで出入りできぬと報告を受けたが、そのことを伝えるため出向いたようには思えんな」
え!ウソだろ?
くそー!
「殿様、実は、今更ながら、総一郎様のおそばでの任は重く、わたくし目には何もできず、そのことを相談に参りました、いまさらながら、わたくしは江戸を逃げてきたのも同じ、腹を切り、今までのことを詫びるつもりでまいりました」
「そうであったか、腹を切るつもりでとな、江戸での始末、すべて自分がかぶって腹を切るとは見上げたもの、ではその場所を貸そうではないか」
は?
体に震えが走った。身から出た錆とは言わないが、なぜ私が?
「ぶしつけではございますが、無能な細君のしりぬぐいをしてきた私に腹を切れと多いいか?」
「今おぬしが言ったではないか?」
「お前の能無しの息子のために俺が腹を切るなど片腹痛いたいわ、お前が俺たちに頭を下げるのが先ではないのか!」
「まったく墓穴を掘り折って、あれを持ってこい」
はっ!
廊下に控えていた男衆もだれ一人止めることなく控えていた、何かがくるってしまったのか?
何が起きている?
何やら大きな箱が運ばれてきた。
「おぬし、手紙を止めていたようだが、抜けていたな、話が合わず、私も違うものを通していたのだよ、さあ、この手紙を見てなんとする?答えろ!」
投げ捨てられた文(ふみ)そこには知らぬ名前、そして粗末な紙でのやり取り、下で働くものに紛れ込んでいたようだ。
「それとこれをなんと説明する」
そこに投げつけられた箱の中からごろりと転がってきたもの。
とっさにこれは何ですかと聞いた。
お前が病に聞くと送ってきたものではないか。
「何がキャラと並ぶ香木だ、アヘンだと教えてくれたものがいて、私はこの通り元気だし、ほかの者たちもピンピンしておるは」
私は何も知りませぬ。
「知らぬというか、横山の家にたいそうなものを送ったそうだな、それも、結婚の話を聞いたその日のうちにこれと同じものを送ったと」
「そのような!」
「こちらには証人もおる!」
「柴田、どうした、江戸の水が合わなんだか」
「大殿様」現れた御老体に声を荒げてしまった。
くそーっ!
「無能な父親で悪かった、だが人殺しをしろとはわしはお前には頼んではおらん、なあ柴田よ、そこまでしてわしが憎かったか。次の代に赤子の信也を上げ、その後ろで政権を自分の手にしたかったのか?」
「め、めっそうも」
柴田に背を向けた瞬間、柴田はわきに手を入れた。
「腹を切れというのなら、その命先に頂戴いたしまする!」
キン!
刃を止めたもの。知らない顔。
「おぬし何者?」
「大岡忠助」
「大岡だと?」
バタバタと人が走りこんできて柴田を羽交い絞めにした。
「何もかも、後手後手に回ったようですね、あなたを従えていたものもまた、あなたほど頭は回らなかったようです」
「だから私は横山が恨めしかったのだ!あのような、のほほんとしたものが私の上に行くのを黙って見過ごせなかった!」
「おぬし、何を言っておる?横山がなんと?」
「大殿がおっしゃったのですよ、お倒れになって跡を継がせるためにどうしたらいいのかと聞かれた時、私事来より、横山の息子があのバカ殿のそばにいたらと」
「お前、それは勘違いだ」
勘違い?
お前が私のそばにずっといてくれたらということが前提で、横山の息子のようなものがそばにいてくれたなら、もっと切磋琢磨できたらという意味で言っておったのだが、すまなかった、変な解釈をさせてしまったのだな。
柴田は力なく押さえつけられ、そこから連れていかれそうになった。
「待たれよ、一つお聞きしたい。あの二人、あなたが横山家に送った人たちは早々に吐きましたよ、北町奉行北条様のに指示されたのはあなただと、ですがアヘンはあなたが手にしたものではない、だれから手に入れたのでしょうか?お答えいただけますか?」
「…… 早く連れて行け」と柴田は力なく言った。
「柴田!」
「イケー!」その声に、押さえていた者たちが動き出したのだ。
「連れて行け」
はっ!
それを見届けた。
「頭が切れるばかりに、いらぬことを考えてしまったか」
「そうかもしれませんね、大河様、隠れてないで出てきてはいかがですか?」
泣きながら出てきた彼もまた手にしていた剣を力なく落とした。
走りよる老人は一人残った孫を抱きしめたのだった。
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