青い蜜柑

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江戸の下総の国の諸所諸大名家の屋敷を中心に閉められ、すべての者たちが調べられることになった。 ただ、下働きまでは手が付くことなく、町奉行へと回された。 中にやすやすと介入した町奉行は、ここぞと柴田がしようとしたことに手を貸した者たちをひっとらえることができたのだ。 だがまだあがく者たちもいた。 あれから三か月がたった。 とある屋敷。 今日は梅雨の晴れ間、庭を見に来てほしいととある屋敷で宴会が行われていた。その上座には若い男が鎮座し酒をあおっていた。 「殿、また外に」 「まったく田舎侍ごときが、ちょっと手を貸してやっただけなのに」 「新井ー、何をこそこそ話して居る、内緒ごとか?」 「滅相もございません、そろそろ馳走より、故郷の物をお出ししようかと」 「お、なんだ?」 「みかんが届いておりまして」 「おー、今頃であればわせの青いミカンかなー、楽しみだ」 目配りをすると立ち上がったものが席を外した。 「新井」 「はい」 「今年のコメはどうだった?」 「コメ、ですか?」 目が泳いでいる。 「新米はもう届いておろう、そうさな、今頃は琵琶湖のにごろふなと※葛野(かずら)くんだりからカニも届くころ合いだな」 そうですねーと汗を拭き始めた。 ※越前、丹生郡(今の福井県)葛野藩は吉宗が初めてもらった領主である。 そして目の前には少し黄色がかったミカンが置かれた。 「なあ新井」 「はい」 男はミカンを手に話し始める。 「子供のころ、青いミカンをとって投げて怒られたことがあったのだ」 「さようですか?」 「ああ、当たりどころが悪ければ人を殺しかねないとな」 「へっ!」 「そういえば、ミカンの北限は案外北にあるらしいな、下総のあたりとか」 にやりと笑う人。 「俺さ、一応、お前の上司なわけよ、その上司に何隠し事してるのかなーと思ってさー」 すると席を外した男が入ってきて新井に耳打ちをした。 「へー、客人が来たようだな、上がってもらえよ」 「まさか、このような場所に通してよい者ではございません」 「あれ?誰が来たとも言っていないのに、そのお客人のこと知ってるんだー」 え、あ、その。 「入ってもらってよー、つれてきたそうだしー」 「殿!」 中に入っちゃってーと言っている。 慌てる人たちの前にすっと入ってきたのは黒紋付を着た武人。 「これは水野様!」 その後ろからもう一人、それにぎょっとする人。 「おや?そのものは?」 「勘定奉行、一橋にございます」 「へーおぬしが、若いな」 ありがとうございますといった。 そして、もう一人。 「もう一人?誰?」 「今年の問屋組頭井田屋にございます」 「井田屋宗衛門にございます」 「おう、そうか、今年のコメの出来はどうだ?」 「はい、天候にも恵まれ、全国的に豊作にございます」 「そうかそれはよかった、だがなー」 とさか付きを転がしてみている。 するとおもむろに目の前のミカンを一つ手にすると投げつけた。 パしんと片手でとった一橋。 「殿、あぶのうございます」 すごいすごいと手をたたく殿様は、もう一つ投げた。 「井田屋、一橋、二人に問う、そのミカン、見てなんと思う?」 「みかんを見ろと?」 一つを井田屋に渡した。 その時、殿!と新井の耳元で何かを話す人に。 「はあ?大岡だと!」 「来たか、わしが呼んだ、ここへ連れてまいれ」 ははーと出ていった。 「わからぬか?」 「すみませぬ」 「井田屋」 「はい」 「お前、問屋頭、首」 「は?」 そこに、忠助と若い少年が入ってきた。 頭を下げる二人。 「ぐっとタイミング、この少年とはちょっとした知り合いでな、和歌山から届いたミカンだ、ほれ、帰りにはもっていくといい」 「ありがとうございます」 「で、殿、私は?」 「お前に紹介したいものがいてな、井田屋だ」 「先日はどうも」 「なんだ、初めてではないのか、それでは話が早い、今このものに首を言いつけた」 「首ですか?」 「おう、この国の大事なコメのことについて何にも知らない奴を組頭にしておけないからな、俺が疑われる」 「みかんで何がわかるのでしょうか?」といったのは新井。 「そうさなー、そうだ、新之助、お前も米問屋の息子だ、次男坊とはいえ勉強はしておるのだろう」 「はっ、しかと」 「そうか、では、そうだな、これを見てどう思う?」 ミカンの山から一つとり、投げた。 「おーっと、と・・・これは」 どうかしたのか?という大岡様に見せた。 「見てください、お日様の光がいきわたらなかったのか、葉陰が浮き出ています、こんなものを送らなければいけないなんて、もしかして台風でしょうか?でもこんな時期に、でもあの辺り、紀州あたりは台風の通り道、早いものが来たのでしょうか?」 「そうだ、台風で、西方は大打撃だ。それだけじゃない、梅雨で気温が低かった、それなのに何が豊作だ、こんなヤツに大事なコメ、預けておけねえよな、一橋」 「はい、すぐに手はずを」 あわわわと言っている井田屋。 「それと新井―」 「は、はい!」 「お前さー、人に頼りすぎー、下総のカツオじゃないや鈴木だっけ?お前、いくらもらったのー?」 とミカンを向き口に入れた、あっまっと笑顔で、新之助にも食べてみろと言っている。 「いいえ!」 「お金じゃないのかー、そうか、これか?今日の魚うまかったもんなー」 「え?いや」 「おやー?違うのかー、じゃ間部かなー?でもあいつ罷免したんだよねー」 「ひ、罷免?」 「お前も里帰りする?」 「はい、しばらく帰りたいと存じます」とすぐに平伏したのに笑いが起きた。 「そっかー、その席開くよねー、水野」 はっ! 「おぬし、そこに入る気ある?ああ、もう一つあるなー、そこは一橋でどうかなー」 「え、あ、はい、御意に」 「承ります」 「御意、御意―、新之助、この魚もらっておまえんちで新米のおにぎり食おうぜ」 「ええー!」「殿―!」 「おひらき、おひらき!」 そして秋、晩夏とはいえ。まだ暑さが残る今日この頃。上州屋の店先には、大八車に山ほど乗せられたコメが届いた。 「新之助―!」 「大河様ー!」 抱き合う少年二人を微笑みながら見る若人たちがおりました。 罪のない者たちが罪を着せられたこの騒動。 半年以上がたってもまだ終わってはいません。 「そうですか」 「気を落とさないでくれ、まだ残党は残っているし、鈴木の方にはまだ井田屋から消えた者たちの消息が付いていない」 「それとな」 握り飯を食べながら殿様が話をなさいます。 「アヘンの出どころが分からないのだ」 「わからない?でも柴田という人も捕まったんでしょ?」 「ああ、彼もまた何かに動かされていたのやも知れぬ」 「なにかですかー」 「でな、新之助」 「はい」 「しばらくの間、大河殿をここで雇ってもらいたい」 「雇うのですか?」 「進には話してある、実はな、一つ引っかかっていることがあってな」 「引っかかる?」 「新之助」 「なに?」 「俺はまだ狙われているんだ、でもそいつらが何者で、なんで俺を狙っているのがわからない、それにまだお前たちも狙われているかもしれないんだ」 「えー、まだー」 「ははは、ちゃんと守ってやるさ」 「そう、そう、俺たちもいるしな」 「えー殿さまは頼りなそうだしなー」 「えーそうかー?」 「まあそれはさて置いて」 「忠助、おくな」 笑いが起きた。 大河様には、お取りになってもらう、安心して江戸に出てきたところを見せれば動くものがいる。 「その一つが、道場だ」 「え?」 「道場主、深山殿は関係がないと言えるかもしれないが、不穏な動きをしているものがいる」 「誰ですか?」「誰?」 「それがまだ」 「なあ大河」 「はい」 兄と仲の良かったものに、常陸の国のものがいなかっか? 「常陸ですか?んー」 「常陸の国?大岡様、どうして?」 ここには大きな湖がある、霞ケ浦と言われる大きな海に面した場所。ここは志築藩お抱えの場所で、江戸の治水に関係する大事な場所だ。 「あ、そうか、下総は米で反映し始めたけど、しずく藩のある当たりじゃ米はまだとれないと聞いています、でも、水路で反映しているし、年貢米なんかはあそこを通すしかないと聞いているけど」 「それが何で?」 「あのな新之助」 この事件は、人のエゴが引き起こしたもの、たぶんその人は大河の兄をねたんだんだと思う、そこにはいろんなことが重なってしまったが、最初は些細なことが始まりだったかもしれないんだ。 「些細なこと?」 「うん、俺な、本当は殿さまじゃなかったんだ、ほかの人がなるはずだったのになぜかなっちまった、ねたんでいるのがいるんだ」 「ねたみかー」 「大河の家族は幸せだったから、みんながねたんだのかなー、うちも幸せだったんだよ。姉ちゃんも、父ちゃんもあんなに笑って、ねえ殿様、幸せだといけないんでしょうか?」 「すまん、俺がふがいないばかりに、そんなことはないはずなんだ、この国が幸せなら、こんなことは起きないんだ、俺、がんばるから、新之助も、大河も力を貸してくれ」と殿さまは二人に頭を下げました。 「仕方ねえなー、大人に頭下げられちゃったしー。頑張るか―」 「新之助」 と頭をぐしゃぐしゃとなでる殿さまでした。 その後、兄と仲の良かった数人の名前が上がりました、その中には新之助に帰れと頭ごなしに怒鳴っていた人もいたのです。でも誰が常陸の国の物かはわかりませんでした。
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