青い蜜柑

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次の日。 僕は、兄とおじの三人で、火事を出した屋敷の様子などを話すため出かけることになった。 出かけたのは北の奉行所。 涙ながらにその時の様子を話す兄。 町奉行、北条左門様がお話を進め、そのわきで話を聞いていたのは、三人。そして書きとどめるものが二人いる。 それと若い兄ちゃんぐらいの人が三人、下座にいる。 兄が部屋に入った時、目の前で倒れた父を抱きしめた。横には絶命している姉の姿、顔を上げるとその部屋には誰もいなかった。 一緒にいた二人の男は? 上屋敷の方だと言っていた、名乗ることもなく、部屋に通されお茶も出される前の出来事だったという。 謝ってくれた方は東野様というお方でした。 「あの?そのお方もお亡くなりになったと聞きましたが、火事ですか?」 少し間を置いたお奉行様は大河のはなしだと、自分を助けてくれたと、兄の間に入った彼は、何も言わぬ兄が背中から一突きだったそうだ。 俺は思わず口に手をした。 あの勇士郎様がそんなことをするわけがないと。 兄は話を進め、東野様が頭をこすりつけ誤り、ここにいると危険だとすぐに遺体は家に送りますからと背中を押したそうだ。 ここで姉に何があったのかを聞いた。 部屋に入ると狐の面をつけた女たちが勇士郎様と父を誘惑するように酒を飲んでいた、そこへ入った父は激怒、姉はそこへぺたりと座り込んでしまった。 父はおなかに子供がいるのに何たる所業、帰るといったのに、勇士郎様が、腹の子は誰の子だといい、キツネの面をつけた女たちはそれをあおったといいます。 姉に裸になれと言われ、女たちが姉に群がり、姉は、勇士郎様の刀を手に自害しようとしたのを父が止めに入った、でもそれを勇士郎様の父が切りつけた。 姉は、呆然とした折、女が手を出し、切りつけてしまったという。 「その、東野という男も驚いていたというが」 「父と姉と一緒に屋敷に入ったのだな?その時出迎えは?」 「女中でした、今年になり、働いている者たちがぐっと減ったと聞いておりましたので、別に気にしなかったのですが」 「上屋敷の者は先にいたのか?」 「はい」 「その者たちの動きは?」 「動きですか?んーそういえば、父と姉をすぐに家から出してくれたのは彼らでした、もちろん東野様もいましたが、あとは下男の方々でした」 「さようか、話は横山大我様と食い違うこともなく一致しておる、よって、横山のおとりつぶしは方面になるが、若い息子は、ここにはおることはできぬであろうな」 「あの?大河殿は?大河は大丈夫ですか?お奉行様、大河が泣いているのなら、助けてあげて!」 「泣いている?」 「あいつ、涙もろくて、兄のことも大好きで、結婚も喜んでいたのに、このごろふさぎ込んでいて、家にも帰れないで、つらいって泣いていて。俺、道場に何度も会いに行ったんだけど、合わせてもらえなくて」 「新之助!」 「だって、俺は友達だもん、アイツの親友なんだ!あいつを慰められるのはおいらだけだ!」 「でもあいつの家族に、父ちゃんと姉ちゃん」 「大河は関係ない!あいつだけがあの家でまともだったんだ!」 「案ずるな」 国下がりを命じたそうだ、彼は、下総の国へ帰ることになる。 「あいつだけが残ったんだ、アイツも」と兄は床をたたいた。 「進殿、父と姉が亡くなって悔しいのはわかるが、そこは抑えてくれぬか?」 「……はい」 「しかしながら、なぜそのような香木ごときでこのようなことに」と叔父が聞く。 「それなのだがな」 お奉行様が目配せをすると下座にいた一人の男が動いた。 何かを持ち、前へ行くと、扇で、横に振られたため、三人の前へと置いた。 「これはー?」 「こちらから、沙羅双樹、伽羅、そして白檀」 ほう、これが、と叔父は珍しいものなのか覗き込んでいる。 「お宅では香木は奥方様方がお使いにはなっておりませんか?」 米を商うため、香りが付くのでそういうものは使ったことはないと思うと言い、子供たちも、線香のにおいだというぐらいにしか知らないという。 「そしてこれが」 「うっ、何、この甘いにおい」と鼻をふさいだ。 「そうか?」とおじ。 「確かに、甘ったるいな」と兄が言う。 「この臭い、おぼへはないか?」 すると兄が結納の時に父が倒れた部屋で嗅いだ匂いのようだという。もっときつかったが。 「その部屋だけか?」 「私たちが待っていた部屋には何もありませんでしたが漂っては来ておりましたが。父たちがいた部屋はもっと鼻が痛いようなにおいでした」 「僕はないけど、新之助が言っていたのはこれかも、甘ったるくて胸が悪くて、飯のにおいもわからないと、母親に言うけど、怒られて、それからはみんな人が変わったようになっていったとか・・・・・。」 「母か、買ったのであろうか?」 「いえ?何でもいただいたとか、高貴な方だからそんな言い方をするなって怒られたってお母さんの真似をよくしていたから」 「もらったか」 「あのー、これは?」「これはなに?」 兄と一緒に声に出したので、口をつぐんだ。 「長崎出島から出たアヘンのひとつです」 「アヘンだって!」 アヘンて何? 毒だよ。 毒? 「毒と言っても、少量であれば薬にもなりいいこともあったのだ、でも使い方を間違えれば、それを吸ったものは、灰人となります」 え!と俺は遠のいた。 でも少しだから大丈夫だよってそのお役人様は笑ったんだ。 すぐにみんな下げられた。 「だがこれは香木だと言われれば信じることになる」 「え?どういうことで?」と叔父が聞く。 「高貴なお方からいただいたんだ、だまされたかもしれないなー」 「何で?お奉行様なんで!」 「新之助」 「少し落ち着け」 ハイ・・・・。 「聞きたいのは、仲人役の一橋家のこと、口を割らなくて困っている」 「まさか」 兄に膝を叩かれ僕は思わず口に手をした。 お奉行様が扇の向こうで首を振った、アヘンとは関係ないのだろうと兄がこそっと言った。 「聞きたいのは、本当に仲人を一橋家に頼みにいかれたのだろうか?」 叔父は、父ちゃんから聞いたといい、兄もそうだと答えた。 「新之助も聞いたことはあるか?」 「父からだけですけど」 「……そうか、だが、その約束したであろう書状も何も出てこない。これ、と言えるものがないのだ」 「あの?」 「なんだ?」 「もしかして、大河殿や、俺たちも、姉ちゃんたちのように殺されるのでしょうか?」 「ん?なぜそう思う?」 「ここは俺から」 兄は俺に代わってその話をし始めました。 大河の母親は下総の殿様のご兄弟。 「ん?殿様の兄弟とな?」 そう聞いています。それ故に、結婚もある程度の身分のある方に頼むというので一橋様に頼むと言っておいでだった。 俺たち庶民にとっては役職のある殿方と一緒になれることがどんなことか、そこで俺たちは、大河兄弟が行っていた剣の指南場へ話を聞きに行った。 「そこで聞いたのは、一橋様が仲人を?へー、ふーん、とお仲間たちに言われたのです。それに俺たちは、変なことでもと聞いたのです」 彼らも武家の出、何かつながりがあるのだろうか?と首を曲げていたという。 先生にお会いして、俺たちは話を聞こうとしたけど、先生はよくわからないからと違う方を紹介していただいたんです。 「その方は?」 近所に住むお役人のご両親です。 「役人?」 「水野様だよ、とってもいい人だった」 「ふむ、続けよ」 「あ、はい、俺たちは武士の流儀のようなことを聞いて、それを家族に話しました、それはもう、楽しい夕食だったのです」 兄貴は、また泣き出してしまった。 仲人が決まり、いろいろなことが行われるのだなと、忙しいのは両親と姉だけで、俺たちはいつもと変わらない日々を過ごしていた。 「それからしばらくして、大河の家のそばで俺たち三人が話をしている時、あるお武家様がそばを通りかかりました。その時、大河が「一橋様、今日もおいででしたか?」と言って、話を始めた。でもその時のお様子が」 「様子?」 「ええ、なんだか急いでいたのか」 「ああ、そういえば、早くそこからいなくなりたいような感じだったよな」 「その時の様子、少し詳しく話せるか?」 「えーと、俺と兄貴は、父さんに言われて、叔父の所に荷物を」 「違う、叔父の所の荷を取りに行くとき、剣の稽古帰りの大河とあって、道すがら話をしていたんです、大した話ではありません。 屋敷に帰りたくないのだが着替えがないから取りに行くと、そして屋敷に近づいて、そうそう、下段の下屋敷の前でした、そういえば、一橋様はそこから出てきたんだったなー」 「そうだっけか、俺は、仲人さんて、もっと年の言った人がなるものだと思ったから、若い人だなーっていう印象しかなかった」 「新之助」 「はい」 「その男、見たらわかるか?」 「はいもちろん、な、兄貴」 「私は、笠越でしたから、さほど……」 「笠越?お前より背が低いということか?」 「ええ、そういわれるとそーだなー」 パチンと音がした。扇をたたいた音に顔を上げた。 だが誰もがその音が奥からしたのに、知らない顔をした。 「んんっ」と咳ばらいをなさったお奉行様はそれだけかと聞かれました。 「いいえ、年明けから姉は結婚したくないと言い始めます、どうしてか聞くと、兄の勇士郎さまが、まるで人が変わったようで怖いと言っていました。同じころから弟の大河様も家には寄り付かなっていたので」 「俺心配してたんだ、でも姉ちゃんは大丈夫だからって、今が幸せだからって、腹には赤ちゃんがいるって、だから、だから」 俺も泣き出していた。 「そうか」 少し考えるお奉行様がすっくと立ち上がった。 「大岡」 さっき、香木を持ってきた人、大岡様っていうんだ、若い人だなー。 「はっ」 「すぐに、大河殿を引き留めろ」 「はっ!」 「上杉」 「はっ!」 「この者たちを連れ。一橋という男の顔絵をすぐに」 「はっ」 「大杉」 「はい」 「大目付様にすぐに一橋様の行動をお聞きしたいと」 「御意に」 それと、水野様に話を聞きにと、下総の人に話の確認をというと皆があわただしく部屋を飛び出た。 残ったのは話を書く人たちだけ。 「よう、思い出してくれた、亡くなったものは帰っては来ぬが、なぜこんなことが起きたか、その糸口が見つかったかもしれぬ、ありがとう」 お奉行様は俺たちにそう言うと、叔父に大河たち、残ったものを責めないように促した。俺たちはそこで終わり、帰ることになった。 お奉行様は立ち上がり、縁側から外を見ながらこう言われた。 「悪は絶対見逃さない。この江戸の町に子供たちの鳴き声が響いていちゃいけないんだ、なあ、そう思わないか?」 お奉行様が言った言葉に、僕はうなずいていた、だって、大河は何も悪いことはしていないもん。
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