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不意に、視界の隅でスマホが光った。手を伸ばせば届く位置にあったそれを引き寄せる。そっと、ルカを起こさないように。
メッセージの送り主はエマさんだった。ロックを解除して内容を確認する。
――ハルくん、試合終わりで疲れてるところごめんね。ルカ、調子悪そうにしてない?
タイムリーな文面に、俺はエマさんがどこかで見てるんじゃないかと室内を見回してしまった。そんなわけなかった。
心配をかけたくないというルカの気持ちも分からなくはない。どう返信しようか悩んでいると、ポヨンと気の抜ける音がメッセージがきたことを告げた。
――今日の試合見てたら気になっちゃって。あの子、昔から私に心配かけたくないって強がるの。だからハルくん、ちょっとだけ気にかけてくれたら嬉しい。
――分かりました。任せてください。
今度はすぐに返信をした。残念だったな、ルカ。姉ちゃんにはぜんぶお見通しだったってわけだ。
タクシーが到着を告げる着信を合図に、ルカの肩を何度か揺すった。長いまつ毛の向こうに見えた虹彩は、寝る前よりもぼんやりとしている。
「タクシー呼んだから、そろそろ帰んぞ」
「歩き、じゃないのか……?」
「熱出てフラフラの奴、さすがに歩きじゃ帰らせねぇよ。文明の利器つかってこうぜ」
「……?」
瞬きの拍子に溢れた涙をわずらわしそうに袖で拭って、立ちあがる。倒れ込んできたらどうしようかと身構えてみたが、ルカは自分の荷物を抱えて歩き出した。その足取りに覚束なさはない。
タクシーに乗り込み住所を告げる。静かに動き出した景色は、すっかり夜の色に染まっていた。
はふはふと浅い呼吸が鼓膜を揺らす。横顔は虚ろで、まぶたは落ちる寸前。座席に投げ出された手がなんだか寂しそうで、そっと握ってみる。
「……なに?」
「熱いなぁ」
「熱が、あるから」
「そうだな。帰ったらちゃんと測ってみような」
「やだよ、余計につらくなる」
「ルカは、分かんなきゃ結構動けるほう?」
「そう。ハルと、一緒」
「勝手に決めんなし。当たってるけどさ」
繋いだ手をキュッと握ると、握り返してきた。俺より大きな手の熱を感じながら、窓の外を流れるネオンを眺めていた。
家に着き、ルカをベッドに寝かせると、ベッドが小さく見えた。俺が寝っ転がるとちょうどいいのに。自分の足の長さをちょっとだけ恨みながら、真っ赤な額に冷えピタを貼り、アイスノンをタオルにくるんで枕と交換してやった。ずっと眉間に寄っていたしわがわずかに薄くなった気がする。でも、この様子じゃ明日の試合は厳しそうだ。
「ルカ、食欲ある?」
「……ある」
「無理しなくてもいいけど」
「してない」
「そっか。じゃあちょっと待ってろ。作ってくるから」
汗ばんだ頭をわしゃわしゃと撫でてから立ちあがると、寂しげな視線が追いかけてくる。すぐに戻るよと俺は笑った。
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