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常識外れな時間だったが、背に腹はかえられなかった。勢いで交換させられた連絡先が、今日だけでめちゃくちゃ役に立っている。
『はい、エマです』
やわらかな声に安堵した。無意識に詰めていた息を吐き出して、続ける。
「九重です。すみませんこんな時間に」
『ううん。大丈夫よ。もしかして、ルカのこと?』
「っす。熱上がってきたんで、市販の薬飲ませていいか確認したくて」
『大丈夫だと思う。アレルギーとかはないから』
「ありがとうございます。あの、エマさん」
『なぁに?』
俺が聞いてもいいのだろうか。
試行錯誤。トライアンドエラー。俺はホンモノを手に入れたい。
「ルカが、ずっと謝ってくるんです。エースなのに、勝たせることができなかったって」
『……そう』
「バレーはチームプレーです。負けたのは、アイツだけの所為じゃないのに」
『そう言ってくれる子がいて、あの子は幸せね』
「そんなの、普通のことです」
悔しさに、語調が強くなる。そんな失礼な俺にも、エマさんは笑ってくれた。
『ねぇ、ハルくん。ローマオリンピックの時に、フランスが準優勝だったの、知ってる?』
「はい。もちろん知ってます。銀メダルの立役者ですもんね」
『ハルくんは本当にいい子だね。あの子が懐くのも分かるかも』
「いや、そんな」
『でも、ゴメンね。私も詳しくは分からないの。心配かけまいって、何も話してくれないから。両親が早くに亡くなって、弟に寂しい思いをさせないようにって頑張ってきたつもりなんだけどなぁ』
おばあちゃんと姉ちゃんの話はたしかに出てきたけれど。ご両親、亡くなってたのか。
「ルカは、エマさんのこと大切に思ってます。バレーで稼いで、姉さんに楽させたいなんて言ってるくらいですから」
『あの子が?』
「あ、秘密っすよ。俺が言ったってバレたら拗ねちまうんで」
『ふふ。分かった。秘密ね』
「大切な「姉さん」の前では、いい格好したいんすよ。きっと」
『そうなのかなぁ』
「そうですよ。エマさんが練習とか試合来るってなったら、こっそり張り切ってますもん」
『ルカのカッコ悪いところなんて、たーくさん知ってるのにねぇ。オバケが怖くて泣いちゃったりとか、おばあちゃんに買ってもらったアイスを食べようとした瞬間落として泣いちゃったりとか』
百九十七の男で脳内再生されたが、幼少期だろうと慌てて訂正した。エマさんは懐かしそうに笑っている。
『オリンピックの時までは、試合中も楽しそうに笑う子だった』
「俺も、あの時のルカを見てました。最高にカッコよくて、羨ましいと思ったからよく覚えてます」
『あの大会で金メダルを獲れなかったのは、ルカの所為なんだって』
「……は?」
『私が知っているのはそれだけ』
「でも、ルカの所為じゃないっすよね……?」
『みんなが、そう言ってるもの』
エマさんの言っている意味が、にわかには理解できなかった。
「は、なんで……?」
『私はそれ以上何も知らないの。ああそうだ、ノアさんなら少し事情を知ってるかも』
「ノアさん?」
『今はたしか、イタリアリーグで監督をしてると聞いたけれど』
「……そのノアって、フィレンツェの監督っすか?」
『そうそう。そのノアさんよ。連絡、とってみる?』
連絡先を教える、と言われたが、丁重に断った。
「俺、昨シーズンまでフィレンツェにいたんで。連絡先分かります」
『そうだったのね。ノアさんはあの子の恩師なの。オリンピックの後、しばらくあの人のところに匿ってもらってたみたいで』
「連絡、してみます」
『……ありがとね、ハルくん』
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