過去

1/4

24人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ

過去

 エマさんとの通話を終えてすぐに、救急箱に入っていた解熱剤をルカに飲ませた。これで少しは楽になるはずだ。  泣いているような呼吸が、少し落ち着きを見せた頃。俺はイタリアとの時差を計算した。八時間。大丈夫、向こうは昼間だ。  ハル~? 寂しくなっちゃったかなぁ~? とか言いそうだな、あの人。コール音を数えながら考える。 『はい、こちらノア』 「もしもし、ハルっす。お久しぶりです」 『ハル~? あれれ、寂しくなっちゃったかなぁ?』  ビンゴだ。予想通り過ぎて反射的に通話終了ボタンを押しそうになったが、何とか堪えた。 「寂しくはねぇっすけど。ノア、今時間ありますか」 『あるよ。どうしたの?』 「ルカ・ベルナルドについて、聞きたいことがあって」  単刀直入に告げると、ノアが驚く気配がした。 『ああ、二人は同じチームか』 「そうです。ローマオリンピックの後、アイツに何があったのか聞きたくて連絡しました」 『聞いてどうする? 人の過去なんて、悪戯に詮索するものじゃないぞ』 「ウチのチーム、今日負けたんです。試合に」 『……』 「終わった後、ルカが倒れました。具合悪いの隠してたみたいっす。で、謝ってくるんですよ。チームが負けたのは、コートに立った全員の責任っすよね、ノア?」 『監督の所為でもあるね。でも、一人だけの責任じゃないよ。一人の調子の善し悪しで決まるのは、元々そのチームの力不足だ』  ノアはキッパリと言い切った。練習の時は厳しいが、すべては試合で楽しむ為。そういう信条を掲げている人だ。 「俺が初めて見たルカは、楽しそうにプレーしてた。今はすげぇスパイクを打っても、サーブを決めても、ニコリともしない」 『キミは、知ってどうしたい? ルカの過去を』 「俺は、ルカにバレーを楽しいって思ってほしい」  誰より練習熱心なエースが、チームを勝たせようと頑張っている。一番近くで見てきた俺は、知っているから。 「良いプレーをしたら一緒に喜びたい。ミスしたら同じくらい悔しがるし、負けたら納得いくまで練習します。だから俺は、ルカを知りたい」  そこにチームメイト以上の感情が乗っかっているのも、薄々気づいていた。名前の分からない、淡いあこがれのような感情だった。  若くしてプロチームの監督まで上がってきたノアに、小細工は通用しない。でも、まっすぐに伝えれば伝わるはずだ。 『……最初から、キミのような光に出会えていれば、ルカはここまで苦しまずに済んだのかもね』 「え?」 『ハル。僕にはできなかったことをキミに託そう。決して心地良い話じゃないけれど』  ノアは静かに話し始めた。ルカが閉じ込められたままの、過去のことを。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加