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過去
エマさんとの通話を終えてすぐに、救急箱に入っていた解熱剤をルカに飲ませた。これで少しは楽になるはずだ。
泣いているような呼吸が、少し落ち着きを見せた頃。俺はイタリアとの時差を計算した。八時間。大丈夫、向こうは昼間だ。
ハル~? 寂しくなっちゃったかなぁ~? とか言いそうだな、あの人。コール音を数えながら考える。
『はい、こちらノア』
「もしもし、ハルっす。お久しぶりです」
『ハル~? あれれ、寂しくなっちゃったかなぁ?』
ビンゴだ。予想通り過ぎて反射的に通話終了ボタンを押しそうになったが、何とか堪えた。
「寂しくはねぇっすけど。ノア、今時間ありますか」
『あるよ。どうしたの?』
「ルカ・ベルナルドについて、聞きたいことがあって」
単刀直入に告げると、ノアが驚く気配がした。
『ああ、二人は同じチームか』
「そうです。ローマオリンピックの後、アイツに何があったのか聞きたくて連絡しました」
『聞いてどうする? 人の過去なんて、悪戯に詮索するものじゃないぞ』
「ウチのチーム、今日負けたんです。試合に」
『……』
「終わった後、ルカが倒れました。具合悪いの隠してたみたいっす。で、謝ってくるんですよ。チームが負けたのは、コートに立った全員の責任っすよね、ノア?」
『監督の所為でもあるね。でも、一人だけの責任じゃないよ。一人の調子の善し悪しで決まるのは、元々そのチームの力不足だ』
ノアはキッパリと言い切った。練習の時は厳しいが、すべては試合で楽しむ為。そういう信条を掲げている人だ。
「俺が初めて見たルカは、楽しそうにプレーしてた。今はすげぇスパイクを打っても、サーブを決めても、ニコリともしない」
『キミは、知ってどうしたい? ルカの過去を』
「俺は、ルカにバレーを楽しいって思ってほしい」
誰より練習熱心なエースが、チームを勝たせようと頑張っている。一番近くで見てきた俺は、知っているから。
「良いプレーをしたら一緒に喜びたい。ミスしたら同じくらい悔しがるし、負けたら納得いくまで練習します。だから俺は、ルカを知りたい」
そこにチームメイト以上の感情が乗っかっているのも、薄々気づいていた。名前の分からない、淡いあこがれのような感情だった。
若くしてプロチームの監督まで上がってきたノアに、小細工は通用しない。でも、まっすぐに伝えれば伝わるはずだ。
『……最初から、キミのような光に出会えていれば、ルカはここまで苦しまずに済んだのかもね』
「え?」
『ハル。僕にはできなかったことをキミに託そう。決して心地良い話じゃないけれど』
ノアは静かに話し始めた。ルカが閉じ込められたままの、過去のことを。
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