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 ローマオリンピックで、世界ランク二位のアメリカ、三位のブラジルを次々と撃破した男子バレーボールチームに、フランス国内は色めきだった。  決定力が今ひとつと言われてきたチームに彗星の如く現れたルカ・ベルナルド。高い跳躍力としなやかで美しいフォームから繰り出されるスパイクで、得点を量産していった。準決勝までに失ったセットはわずか二セット。よくてベスト4だと言われていたフランスは、わずか数試合で優勝候補へ名乗りを上げた。  甘いマスクにコロコロ変わる表情、光という意味を持つ「ルカ」の名前のとおり輝く人懐っこい笑顔。人気が出ない理由がなかった。 『ご両親がいなくて苦労してきたのもあるのかな。あの子はいつだって「バレーボールができる環境」に感謝していた。謙虚なインタビューも、人々の心をつかんでいたよ』  フランスにはルカがいる。彼がいれば勝てる。彼が決めれば、優勝できる。  バレーボールはチームプレーなのに、そんな声ばかりが大きくなっていった。  この快進撃をテレビで観ていたノアが抱いたのは、期待ではなく懸念だった。チームの勝敗。それから、国民の期待。目の前に立ちはだかるのは、世界ランク一位の壁。たった十八の若者が背負うにしては、あまりにも大きな重圧だった。  もちろん、愛弟子の実力を信用していないわけじゃない。それでも、当時のフランスは致命的な決定力不足。ルカのワンマンチームと言っても過言ではなかった。 『それでもルカは頑張ります。エースですからって。決勝前日に電話で話した時に言ってくれた。僕は結果がどうであれ、フランスの勝利の為に全力で戦った若きエースの健闘を、たたえるつもりだった』  決勝戦は世界ランク一位、そして自国開催のイタリア。今まで戦ったどのチームよりも高く、そしてシステム化されたブロックが、ルカに襲いかかった。  数試合の映像で、フランスがルカのワンマンチームだという弱点を見抜かれていた。スポーツにおいて、対戦相手を研究するのはごく普通のことだ。それでもセッターがトスを振り分け、エースの負担を減らしつつ相手ブロックを惑わせなければならない。 『たとえば、今の日本のセッターはそれが上手い。アタッカー陣は感謝したほうがいいね』  もちろん、セッターだけじゃない。リベロを中心として繋いで、全員でポイントを重ねた先に勝利がある、はずだった。  結果はストレート負け。ルカが徹底的にマークされ、まともに打たせてもらえなかったフランスは、コートに立つ六人全員が主役のイタリアに、手も足も出なかった。
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