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アラビアータやマルゲリータを取り皿に分け、遠慮なく手を合わせる。本場より味がまろやかで、日本人の好みに近い気がした。
「自分の教え子が世界で活躍するのは、今でも不思議な感じがするね」
「まだまだですけどね。前回のオリンピックなんて、一度もコートに立てなかったし」
「選ばれただけでもすごいじゃない」
「それはまぁ、そうなんですけど」
「それに、あの悔しさがハルを強くしただろう?」
そう言った先生は、教師の顔をしていた。
「いまだに悔しくて夢に出てくる時ありますけどね」
グラスの水を飲み干して、苦笑する。
夢に出てくるほど悔しかった、三年前のローマオリンピック。日本はたったの一度しか勝てず、予選敗退に終わった。ファンの落胆の溜め息が聞こえてきそうな結果を、俺は終始ベンチから見ていた。
あの時の俺は、完全に井の中の蛙だった。アップゾーンから見上げた世界には、まだまだすごい選手がいた。人と同じことをしていては勝てない。「九重晴斗でなければならない理由」を見せなければ、コートに立つ資格すらないと痛感した。だから俺は二年半前、反対意見の大合唱の中、人生で初めてのワガママを貫き通して海を渡った。自ら厳しい環境へ飛び込んだのだ。
イタリアリーグ。トップレベルの選手が集まってくる、世界最高峰のバレーボールが展開される場所。
「最初はジャパニーズってだけで、すげぇ見下されたんすけどね。先生のおかげで、コイツら全員見返してやるって思えました」
「先生のおかげ?」
「はい。先生は覚えてないかもしれないけど、チビだった俺の、負けん気だけは認めてくれたじゃないっすか。あの時、俺すげぇ嬉しかったんで。だから、折れそうになっても立ち上がって、絶対負けねーっかんなって」
「……ハルって、ドエム?」
「先生、今俺いい話してんだけど」
「ごめんごめん。でも懐かしいだろう? この感じ」
「そっすね。このままイタリア帰ってやろうかなって思いました」
というのは冗談だけれど。ひとつだけ、ずっと気になっていたことがある。ピザのチーズが固まりはじめていたので、急いで頬張りながら訊ねた。
「先生は、なんで俺を呼び戻したんですか」
高校卒業と同時にVリーグへ入団しようと決めた時も、海外挑戦を決めた時も、ただ一人だけ背中を押し続けてくれた人なのだ。そんな彼が、「ハル、日本へ戻ってこないか」と打診してきたのが半年前。意外だった。
「新しくブラックキャッツの監督になる永山くんに、口をきいてくれないかって頼まれたから。あれ? 言わなかったっけ?」
「でも、それだけじゃ先生は動かないと思います」
「信頼されてるねぇ。まあ、日本のリーグもレベル上がってきたし、大型移籍もあるみたいだし、ハルがこっちでも思い切りバレーを楽しめると思ったから。これでいい?」
「……大型移籍?」
そんな話を聞いた覚えはない。目をすがめた俺に、先生は目を丸くした。
「あれ? 聞いてない?」
「俺のことじゃないっすよね……?」
「それも間違いないけどね。ほら、フランス代表の若い子。イタリアリーグだったからハルも知ってると思うけど」
「若いの……?」
「そう。で、左利きで……やだねぇ、歳だから名前が出てこない」
「フランス代表の左利きって言ったら、ルカ・ベルナルドくらいしか思いつかないっす」
かなり若かった気がするが、いや、さすがにそれはない――
「ああ、そうそう。ルカくんだ。あの綺麗な顔の子」
「……え、なんで?」
「先生も知らないよ。ちなみに、君たちチームメイトになるはずだけど」
言葉を失うとはこのことだろう。フランス代表の若きエース、ルカ・ベルナルド。ローマオリンピックで鮮烈なデビューを果たし、優勝候補と言われていた国を次々と撃破したフランスのエースが、日本へやってくるなんて。にわかには信じられなかった。
「マジか。やっば……」
期待感に頬が熱くなる。
「納得してもらえた?」
「っす。先生、ありがとうございます」
こんなワクワク、こっちで味わえるとは思ってもみなかった。
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