ファーストインプレッション

4/5

26人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ
 帰宅して真っ先に、永山監督へメッセージを送った。もちろんルカ・ベルナルドについてのことだ。返信はすぐにきた。「渡した資料に書いてあるよ」と。テーブルに置きっぱなしになっていた資料のすべてに目を通す。その中の一枚に、たしかに書いてあった。九重晴斗、ルカ・ベルナルド加入と。  元いたチームだし、なるようになるだろう。そう思って隅まできちんと目を通していなかった自分の確認不足を反省した。 * 「集合!」  キャプテンの声に、フロア内のピリッと空気が引き締まる。入団の挨拶を昨日のうちに済ませた俺は、チームメイトとして迎える側だ。  まだ現在のチームの決まりごとを把握しきれていないので、アリーナの入り口に整列したチームメイトの最後列に立ってみる。トップチームに入るようなメンツはみんな背が高く、ここからでは前の様子がよく見えない。 「ハル、隣おいで」  七海さんに手招かれ、隣に並んだ。前から二列目の左端。前列の選手のすき間から、監督の姿が見えた。  新しい出会いはいつだって緊張するが、楽しみでもある。  永山監督に連れられてやってきたルカは、緊張とは無縁のタイプなのか涼しい顔をしていた。雪のように白い肌。吸い込まれそうなグリーンの瞳。こげ茶色のやわらかそうな髪。着ているのは他と変わらないシンプルな練習着だが、だからこそ体躯の端正さが目立っている。まるで美術館から抜け出してきたかのような美しさに、ここにいる全員が目を奪われた。 「今日からブラックキャッツ東京でプレーする、ルカ・ベルナルドくんだ、みんなも知ってると思うが、フランス代表のオポジット。年齢は二十一でこの中じゃ一番年下だから、優しくしてやってくれ」  二十一歳ということは、一つ年下か。三年前のオリンピックの時は十八歳か。エグいくらい若いな。みんな同じことを考えたのだろう。周囲が少しだけ騒がしくなる。 「ルカ、自己紹介」  本当に綺麗な顔だ。見上げなくちゃいけないのが少し癪だけれど。  監督に背中を押されて一歩前に出たルカは、ニコリともしなかった。温度のない眼差しがチームメイトを一瞥し、 「……ルカ・ベルナルド」  と低くつぶやく。名前だけかい。他にもあるだろ、色々。  オリンピックの時のキラキラ好青年はどこへ行った。とツッコミを入れたかったが、一気に凍りついた空気の中で言い出す勇気はなかった。想像の百倍無愛想な奴がきた。おそらくチームメイト全員の感想だろう。 「わあ、無愛想」  ぴんと張り詰めた緊張の糸をぶちぎったのは七海さんだった。それも素手で。のんびりとした声色が逆に煽っているように聞こえなくもないが、ルカは何も言わなかった。日本語だからだろうか。 「まあそう言うな。緊張してるんだろ」  とたしなめた監督は、 「みんなご存知のとおり、昨シーズンまではイタリアリーグでプレーしていた。そうだな……晴斗」  と俺を名指しする。まさか自分が呼ばれるとは思っておらず、返事が一瞬遅れた。 「っ、はい」 「歳も近いし、同じイタリアの地でプレーしていた者同士、話しやすいと思う。気にかけてやってくれ」 「分かりました」  知らない土地で緊張しているのだろう。俺の中の良心は、いまだルカの表情に変化がない理由をそう結論付けた。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加