ボクとトイとケイ

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 ずんずん歩くマイクの後ろを、ボクはそろそろとついて行く。  草むらを歩き、林を抜けた。街からだいぶ離れた、ひと気のない、なんだかちょっと寂しい雰囲気の場所に、ぽつんと小さな家があった。 「こんにちはー!」  マイクは扉を叩いたりすることなく、家全体を包み込みそうなほど大きな声を出した。 「あれ、聞こえなかったかな。こーんにーちはー! ……うーん。おい、トッドも言え」 「え、ええ?」 「こんにちはって叫ぶだけ。簡単だろう? ほら、ほら! せーのっ!」  ボクは大きな声を出すのが得意ではないから、あんまりやりたくなかった。でも、嫌だとか、叫ぶ代わりにできることを提案する間もなく「せーのっ!」と言われてしまったから、オドオドしながら空気を肺いっぱいに吸い込んで、 「こーんにーちはー!」  生まれてから一番なんじゃないかってくらいの大声を出した。 「まって? ねぇ、マイク。なんで言わなかったの?」 「ふはは! お前ひとりの声でも届くだろうって思ってさ。ごめんごめん」  ニコッと笑いながら謝られた。ボクは怒りみたいな感情を見失った。 「もー」  ボクもニコッと笑う。  そうして二人して笑っていたら、キィと音がした。ドアのほうからだ。 「やぁ、マイク。と、キミは、ええと――」 「ト、トッドです。こんにちは」 「こんにちは。私はチモキ。マイクはここへ来る必要なんてないだろうから、何かモヤモヤしたことを抱えているのは、キミかな? トッド」 「おいおい、俺だってモヤモヤすることはあるぜ?」 「ホッホッホ。そりゃ失礼」  チモキさんは、ふんわりと微笑みながら、ボクのことを見つめた。今、チモキさんの顔に浮かんでいるのは、優しさとか、そういう温かい心に見える。ようこそ、っていう歓迎の気持ちが、濁りなくそこにある。 「えっと、その……。ボクです。モヤモヤしてるの。それで、マイクに話をして、ミヤナさんの所へ行って。ミヤナさんに、チモキさんの所に行ってみたら? と言われて、それで」 「そっかそっか。うーん。ミヤナの所に寄ってから来た、ということは、コーヒーを飲んで来たでしょう? どうしようかなぁ、コーヒーじゃつまらないよねぇ。うーん」 「お、お気遣いなく」 「ああ、いや。気遣いといえばそうなのかもしれないけれど、私は客人をもてなしたい性分でね。うーん……あ、そうだ! いただきものなんだけどね、ここぞという時に飲もうと思って、大事に取っておいたら、もうすぐ賞味期限が切れそうなハーブティーがあるんだった!」 「ってかチモキさーん。早く家の中に入れてよー」  マイクが口を尖らせて、不満を露わにしながら言った。 「おお、ごめんごめん。さあ、どうぞ。すぐにお茶を淹れるからね。奥に机と椅子がある。座って待ってて」 「はーい!」 「おじゃまします」  チモキさんの家は、すごく散らかっていた。獣の足跡みたいな、僅かに見える床を踏みながら、奥を目指す。マイクは当たり前のようにすたすたと歩いていくけれど、ボクは上手く歩けなかった。こんなところを歩くのが初めてだったっていうのもあるかもしれない。でも、なんとなく、この雑然とした感じを踏み壊してしまいそうで怖いとも思っていた。  先を行くマイクの足が、積まれた何かの箱に触れて、それがコロンと落ちた。ボクはそれが落ちたままだと床を踏めないから、よいしょ、とそれを元に戻してから、また歩く。  ようやく机と椅子があるところにたどり着いた時、ボクの心は、少し弾んだ。  その部屋もまた、ひどく散らかっている。そして、散らかった部屋の床から、にょき、と生えたように、机と椅子がある。  まるで、海原を旅する大きな船と、小さな船みたいだ。  汚い家とか、汚い部屋と言ってしまったらそれまでだけれど、物たちがここに、自分が過ごす日常とは異なる世界を作り出していると思うとワクワクした。 「おまたせ~。どこにしまったかわからなくなって、探すのに時間がかかってしまったよ」 「散らかしすぎだからだよ。相変わらずだなぁ。頭の中も? ごちゃごちゃしたまま?」 「えへへ。まぁ、これでこそ私だからね。……ん? なんだかキラキラした目をしているね。トッド」 「この家に来た人はたいてい〝げぇ、汚い〟って顔するのにね」  マイクはごくごく自然に、チモキさんが持ってきてくれたお茶やお菓子を並べる手伝いをし始めた。 「そうそう。実際問題、汚いからさ。そういう顔をされてもどうとも思わないんだけれど。なんだか、キラキラした目で見られると、急に恥ずかしくなるね」 「ご、ごめんなさい」 「ん? トッドは今、なんで謝ったんだい? 私はちょっと恥ずかしいけれど、とてもうれしい気持ちなんだ。キミは謝らないといけないようなことなんて、していない」 「あ、はい……ごめんなさい」 「ごめん、が口癖になっちゃっているのかな?」 「ってかチモキさーん。お茶が冷めるー」 「おお、ごめんごめん。って、あれ? 私も〝ごめん〟って言うの、口癖かもしれない。ホッホッホ。じゃあ、似た者同士、かんぱーい!」 「ってかチモキさーん。俺、仲間外れにされてるー?」 「そんなことないよ。ほら、マイクも。かんぱーい!」
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