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本人確認テスト
目の前に座っている女性が裕利? いったいどういうことなの!?
わたしは、自分を落ち着かせるため、わざとらしく大きな深呼吸をしてから言った。
「あの、どう見ても女性にしか思えないんだけど、左目の下の黒子はちゃんとあるし、博美さんによく似ているから、もしかしたらあなたが言うとおり、裕利なのかなと思っています」
「良かったよ、沙耶が意外と冷静で……。でも、もしかしたらじゃなくて、本当に俺なんだよ! 俺、その、何でか知らないけど突然女性化しちゃったみたいなんだ……」
「女性化? と、とても信じられないんですけど、いちおう本人確認のための質問とかしてみてもいい……、ですか?」
「ああ、いいよ。何でもきいてくれ!」
裕利を名乗る女性は、腕組みをしながらテーブルへ身を乗り出した。
生年月日とか本籍地とか、何かに記載されているようなことを聞いても、本人確認にはならないだろう。よく考えて、本物の裕利にしか答えられない質問をしなくては――。
「で、では、第一問! 裕利が、小学生の頃に飼っていた犬の名前は?」
「タルト! 茶色い柴犬で、メス!」
「はい、正解! 続いて第二問! 裕利が一番好きなおにぎりの具材は?」
「葉唐辛子の佃煮! できれば、婆ちゃん手作りの辛めのやつ!」
「はい、大正解! 第三問、これが最後です! 初めてのデートで、裕利がわたしをつれていってくれた場所は?」
「江戸東京たてもの園! 洋館のカフェに行ったよな?」
そうだった――。
仕事の関係で知り合った山際さんが、友だちだという裕利をわたしに紹介してくれた。初めて居酒屋で会ったとき、「レトロな建物に、ちょっと興味があるんです」なんて、わたしが言ったものだから、「じゃあ、今度、『江戸東京たてもの園』」へ行きませんか?」って裕利が誘ってくれたのだった――。
裕利は、建築関係の仕事をしているから当然なのだけど、そりゃあ熱心にいろいろと説明してくれたっけ――。へとへとになって、カフェの椅子に座ったことを思い出した。
美味しそうにパンケーキを頬張る彼を見ながら、子どもっぽいところもあるけど、真面目で勉強熱心な人なんだなあって思ったあの日が懐かしい――。
コーヒーフロートのアイスクリームを溶かしながら、わたしの心もゆっくりとろけて、いつの間にか恋に落ちてしまったのだった。
「沙耶……、なんで黙ってるの? 『江戸東京たてもの園』じゃなかったっけ?」
「ああ、ごめん、ごめんなさい! ちょっと思い出に浸っちゃいました。『江戸東京たてもの園』で、正解です! 三問とも正解したので、わたしは、あなたを裕利であると認定します!」
わたしが拍手すると、裕利はちょっと赤面しながらわたしの方を見た。
化粧っ気はないけれど、なかなかの美人さんである。
裕利は、もともと黒目が大きくてまつげが長い。男性としては、優しげな顔をしている。
女性化して、より一層魅力的になったんじゃないかな?
やだ、うっとりしている場合じゃない! 彼女を裕利だと認定したからには、ちゃんと聞くべきことを聞いておかなくては!
「裕利、あの、まだいろいろと混乱していると思うんだけど、どうしてこんなことになったのか説明できる?」
「なんでこんなことが起きたのかは、俺にもさっぱりわからないよ。ただ、夕べ何があったかなら話せるよ」
「うん、それでいいよ。包み隠さず話してみて」
裕利は、夕べの飲み会でのできごとを、いつもよりも幾分高めな声で話し出した。
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