新しい会社の入社試験

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 以下の問題文を読んで、あなたの結論とその理由を1,000文字以内で回答欄に記入してください。 (問題)  今から三十数年後、当社に入社したあなたは、その功績が評価されて社長に就任しています。今日は、役員のひとりが重大な事案についてあなたの判断を仰ぎに来ました。  事案は、建築資材の落下による死亡事故において、当社のAIロボ『安全監督』が警告を出さなかった件です。 1.死亡事故の概要  高層ビルの建築現場で建築中の最上階から建築資材が落下し、通行人3名が下敷きになって亡くなりました。  束ねた鉄骨をクレーンで持ち上げた際に強い突風が吹いて鉄骨が揺れ、束ねたチェーンが切れて鉄骨の束がビルの外に飛び出しました。ビルの外側には落下防止用のパネルがありましたが支え切れず、一緒に崩れて落下しました。  建築現場は河川敷で、平日の昼で通行人は少なかったのですが、亡くなられた3名は、大量の鉄骨および落下防止用パネルとその支柱の下敷きとなり、全員即死でした。  当社のAIロボ『安全監督』は、現場の映像、音声、温度、湿度、空気成分、気候等の情報を収集し、危険を察知すると警告を発する仕組みでしたが、下の道路脇に設置されたスクリーンには危険を知らせるメッセージが表示されず、スピーカーからサイレンも音声も発せられませんでした。 2.事故の原因と『安全監督』の関与  事故の直接の原因は、鉄骨を束ねていたチェーンの傷と、落下防止用パネルの支柱を設置したボルトの劣化と思われます。強い突風はありましたが想定の範囲内であり、チェーンの傷とボルトの劣化が放置されていた原因を建築会社が調査中です。  チェーンの傷は鉄骨の束の下側にあり、ボルトの劣化もビルの外側ですから、『安全監督』の複数監視カメラのどれでも検知はできませんでした。検知していれば事前に指摘して、落下事故を未然に防げたかもしれません。  ただ、『安全監督』は、チェーンが切れて鉄骨が飛んでいく映像を作業員の叫び声も含めて認識していましたし、現場は高層階でしたので、建築資材が下に到達するまでに警告を発する十分な時間はありました。にも関わらず、『安全監督』の危険回避機能は何も作動しませんでした。  日本ではこのような資材の落下事故は多くないですが、日本全国の『安全監督』で過去に同様の事例が2例あり、どちらも危険回避機能が働いて地上で警告を出していました。1例はプラスチック製の空のバケツが風で飛ばされたもので、通行人には当たらず負傷者は出ませんでした。もう1例はビニールシートの落下で、下に通行人はいませんでしたが、自動車が落下地点へ進入するのを防ぎました。 3.『安全監督』の仕様と推論の履歴  『安全監督』は、世界最大のソフトウェア開発会社M社の協力を受け、同社の生成AIと、当社が持つ建設業のビッグデータやDX技術のノウハウを融合して誕生した監視システムです。10年超の稼働実績があり、積み重ねた経験で分析精度を上げながら高品質の判断を行い、これまで大きなトラブルはありませんでした。  M社に協力を依頼して、今回の事故における『安全監督』の推論の履歴を調査してもらったところ、次の過程で結論に至ったことが判明しました。 ①複数の鉄骨、落下防止用パネルと支柱が建物の外側に落下したことを認識。 ②落下地点と落下までの時間を予測し、落下予測範囲内に通行人が3名いることを認識。 ③道路に設置したスクリーンおよびスピーカーで危険を警告した場合の3名の行動を予測。人間は脳の処理能力を超える想定外の事象に遭遇すると、思考が停止して体が動かなくなる、いわゆるパニックを引き起こすことが多い。仮に3名が特殊な訓練を受けた軍人で、パニックを起こさず直ちに回避行動を開始してたとしても、今回は落下物の到着までに落下予測範囲の外に出ることは難しい。 ④落下物の下敷きになった場合、3名は即死が予測され、痛みを感じるどころか自分に何が起こったかも認識できないかもしれない。もし3名が警告を受けて上を見上げたら、自分が落下してきた鉄骨に押しつぶされて死ぬことに気づき、最期に激しい絶望と恐怖に襲われることが予測される。 ⑤3名死亡という結果予測が変わらない以上、絶望や恐怖は不要であり、落下を警告するべきではない。  いま役員は説明を終えて、社長であるあなたに判断を仰いでいます。それは再発防止策についてです。近々マスコミを呼んで調査結果の報告を行いますが、その場で再発防止策を問われることは必至です。  まず監視カメラやセンサーを増やす案は、ある程度の効果は見込めますが、全てをカバーすることはできませんし、それらを増やすほどデータ処理時間と推論時間が増えるので、警告が遅くなるかもしれません。  次に、今回のように間に合わない、結果が変わらない場合でも必ず警告を出すことにすれば、当社の責任は果たせることにはなりますが、手遅れの警告に対して改善要望や批判が出る可能性があります。  もちろん、今回の『安全監督』の推論結果は人道的観点から間違っていないとして、何も変えないという選択肢もあります。この場合、向上心が低い、人の意見を受け止めないという印象を持たれる可能性があり、加えて、警告があれば万に一つでも助かる可能性があったのではという遺族感情への対策が必要になります。  『安全監督』は当社の看板商品であり、今回の対応を間違えると当社の将来が変わるといっても過言ではありません。  社長であるあなたは、どう判断しますか? (回答欄) ≪完≫  
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