不確定理論と運命の確定

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不確定理論と運命の確定

 私が西園寺さんに思いを馳せていると、武田くんが訳の分からない事を言い出した。 「そもそも、クロワッサンというのは不確定要素の食べ物です」 「ほう。面白いそうだ。聞こうじゃないか」と島田先輩は目を光らせた。彼女は話の内容よりも、話がどんな脱線をするのかに興味を持つのだ。 「ミカンは食べられる場所と食べられない場所が決まっています。けど、クロワッサンはそうではありません」と武田くんは言った。どこか得意げな顔で私たちを見まわした。口調も丁寧に改まっているのが笑える。彼はでかい図体に似合わず、細かい事を考えるのが好きだ。 「クロワッサンは理論上、全て食べられます。これは間違いないです。ただ、実際には違います。口からこぼれてしまう破片、すなわちパン屑が出来てしまう」 「うんうん。つまり?」と島田先輩が結論を促した。その口元が緩み、明らかに面白がっている。 「はい。クロワッサンは可食部と非可食部が重なり合った食べ物なのです。そして食べ終わった時に可食部か否かが決定されるのです」武田くんは言った。  何の話かよく分からず、沈黙が流れた。  場が白ける直前に島田先輩が口を開いた。 「それってさ。最近、流行っている量子力学という奴かな。ふむ。なかなか面白い話の飛躍だ」 「あっ。ありがとうございます。元ネタはそれです」と武田くんは言い、頭を掻いた。 「武田先輩、僕はそうは思いません」と安達くんが口を開いた。「先輩の理論は先輩自身が否定していると思います」 「おっ。どういう事だ?」と武田くんは言った。彼もまたこの脱線を面白がっている。 「先輩は先程、一気に口に入れるのでパン屑は出ない、と仰いました。この場合は可食部と非可食部が重なり合っていません。全て先輩の口の中です」と安達くんは言った。最近、彼もこの大喜利めいた会話に加わるようになった。 「異議あり」と私は言い、小さく手を上げた。「でもそれは食べる対象によって変わるよね?私や安達くんが食べるのであれば、可食部と非可食部が重なり合っているのでないかな?」 「うっ。それは確かに……」と安達くんは言い、天を仰いだ。 「待てよ。クロワッサンを一口サイズにパン屑が出ない様に切れば、全てが可食部になる。その場合は非可食部と重なり合っていない事になる。つまりクロワッサンの運命次第だ」と武田くんが訳の分からない事を言った。 「運命ねぇ」と島田先輩は言い、手をパンっと叩いた。「では私たちも運命に従って仕事しますか。この企画書を14時までに終わらせる運命を確定するよ!」
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