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第21話 アスハ、故郷に還る
「いやぁ、本当にこいつがお世話になって。済まないねぇましろさん」
上機嫌のアスハのお父さん。そうかそうか今十六歳ですか。それじゃあお酒はまだ無理かな?と尋ねながら、テーブルの上に並んだ豪勢な夕食をどうぞ、ご遠慮なく。田舎料理ですが。と次々と勧めてくれる。
その世帯主然とした態度や寛いだ物腰から見てとるに、アスハが言ってたような肩身の狭い入り婿感は特段感じられないように思う。
うちの母親や集落の生え抜きの人たちの言いなりで盲目的に従ってるだけだ、みたいに吐き捨てるように言ってた気がするけど。やっぱりあれは、息子の目のフィルターがかかった厳しすぎる評価に過ぎないってことなのかな。
全然普通の家の、磊落な明るいお父さんに見える。
と、そこまでうっかり考えちゃったところで思わず首をすくめた。しまった、またやっちゃった。
こうやって何気なく考えたことも全て、ここに居合わせてるアスハのお母さんとお姉さんにはそのまま伝わっちゃうんだよね。どうしてもそのことをときどき失念してしまう。
わたし自身のことを暴露してしまったんならそんなの自業自得だが。よりによってアスハが家族のことを外でどう言ってたかなんて…。お父さんが集落の人たちに洗脳されてすっかり言いなり、とかもうただの悪口じゃん。
そんなことないように見えると思いはしたけど、それはわたしの視点からの話で。関係の薄いよそ者にどう思われるかよりも、ここの家の息子が内心で父親のことを悪しざまに言ってたとこんな形で知らされる方が嫌だろうなぁ…。ああ、抜かった。
と、引き攣った笑顔の裏でこっそりほぞを噛んでると。脳内でふわんと穏やかな声が、不意に湧き上がるように話しかけてきたのが聞こえた。
『いいよ、大丈夫。あの子がうちの家族のことをどう言ってるかなんてとっくにみんな知ってるから。何もあなたが気に病む必要ないのよ』
『あの子、子どものときからずっとそれ言ってたよ。だからお父さんも知ってる。外から来たよそ者なのにどうしてここにそこまで染まるんだってはっきり言葉にして突っかかってた。もともと全然隠してないから』
お母さんらしき声のフォローに重ねて、お姉さんの声も補足してくれる。
ぱっぱっ、と脳内で閃くようにそれぞれが早口だが、これでもわたしに伝わりやすいようスピードに気を配ってくれてるようだ。
ゆっくりと、聞き取りやすいように表現を選んでる気配。その雰囲気から、もしかしたらここで生まれ育った人たちの間でのコミュニケーションの取り方はわたしたちが思ってる以上に独特なのかもしれないなと何となく想像がついた。
なんていうか、わざわざわたしに意図が伝わるようにあえて声に出して台詞を読み上げてるような趣きがある、それでもだいぶ早口だが。
おそらく普段は、慣れた者同士の間ではさっと一瞬でパネルに書き記した文章を見せ合うみたいな。それくらい素早いやり取りでぱっぱっと瞬間瞬間、次々とカードをめくるようにして意思を伝え合うんじゃないかと何となく推測できた。
けどそれだと確かに、わたしなんかにはとてもついていけないな。一朝一夕に身につくやり方じゃない。
生まれたときから相手の心が見えるのが当たり前で育ったもの同士でしか身につけられない、特殊な技能だ。これじゃわたしレベルの初心者にはあまり参考にはならないかも…。アスハがわざわざ、自分も付き添ってまでしてわたしのためにここまで連れてきてくれたのに。
「…ああ、なるほど」
わたしの前にとっておきの鶏肉料理を差し出して勧めてくれてるお母さんが、ふと納得したように呟いた。わたしの思考を読んで、それを解釈して飲み込むのもすごくスピードが早い。
そうやってつい、感嘆や相槌が漏れるのは多分この人たちの家庭では普段から当たり前なんだろう。いちいち反応せずに知らないふりで流すお父さんとお姉さんとは違って、アスハは敏感にそれを察知して素早く眉を上げた。
「何。…何が『なるほど』なんだよ?」
「別に。あなたが気にするほどのことじゃない、関係ないことよ」
ただの連絡事項よ。と済まして返して片付けた。それからわたしの心にダイレクトに接触して、軽くウインクでもするような感じの挨拶を送ってくる。
『勝手に心を読んでごめんなさい。それにしてもこの子、明日葉はあなたのこと。よほど大切に思ってるのね』
「いえ。…そんな」
それほどのことは全然。と思わず弁明しかけて慌てて首を縮める。案の定、何が起きてるかに気がついたアスハがわたしの方を軽く睨んでいた。…これは、あとで詰められるな。間違いなく。
そのあと結局その晩は最上家に泊まらせてもらうことになり、寝室で二人きりになった途端に不機嫌なアスハに早速突っ込まれた。
「さっきの、何だよあれ。何か夕食の席でうちの母親と会話してただろ。一体何の話してたんだ、俺たちに隠れてこそこそと?」
「別に。こっそり疾しい話とかしてたわけじゃないよ、全然」
俺たちに隠れて、か。まあ確かに、あの場で内心のやり取りを聞けなかったのはアスハだけじゃないな。
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