第21話 アスハ、故郷に還る

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うちの村でも、若い子の数は限られてるから。できるだけ外の村の伝手を頼って血縁の遠い相手との縁組を試みてはいるが、それでも近くで育った幼馴染みとの結婚がいい。となるカップルも決して少なくない。 てか恋愛結婚はほぼ必然的にそうなる。うちの姉も、友達のヒヨリもそうだった。 その場合はそれで特に反対されたり追放されたりもない。まあ無理ないとか仕方ないな、と認められる。人情として気心知れた相手と一緒になりたいというのは共感できるから。 だけどここでは、必ず外の人間と番わないと集落に戻ってくることは罷りならん。なんだよね。 お姉さんも十五で旅に出て、さっさと思いきりよくお子さんがお腹にいる状態で帰ってきたらしい。夕食の席で会ったアスハの姪っ子のハツハルちゃんは早くも今年五歳になるという。 可愛くてにこにこと機嫌良くローストした鶏肉をもしゃもしゃと食べている彼女は、まだ幼いにも関わらず聞き分けがよくお利口さんだった。 自分のおばあちゃんとお母さん、そして客人との間で交わされてる脳内の会話を側で聞いてはいるけどその意味するところの全てはわからない。だけどそういうのは慣れっこ、といった態度で特に気にせず聞き流している様子だった。 こうやって物心ついた頃から周りの大人のやり取りが自然と頭に入るから、精神的にも能力的にも一般より相当早く成熟するのかな。と何となくその仕組みがわかったような気がしたものだ。 …と、ふと油断した隙にうっかり自分の頭の中の考えに気を取られてしまう。敏感に違和感を感じ取ったらしいアスハが眉をひそめて、わたしにじり。とにじり寄って顔色を伺ってきた。 「…もしかしたら。またこうやってちょっとした隙に誰かにちょっかいかけられてないか。俺の聞いてないところで誰かに何か、余計ないちゃもんつけられてるとか…」 「え、そんな。…わけないよ…」 ちょっとひやりとなる。というか、咄嗟に否定しちゃったけど。やっぱりこうして心の中に直接、お母さんやお姉さんが話しかけてくることについてはアスハには知られない方がいいのかな。 別に内容的には変なことじゃないし、不審に思われるくらいなら何でもない顔して正直に打ち明けた方が…とも思う。 多分この集落の能力持ち同士の間では、例え別室にいても距離的に通じ合うのに不都合がなければ必要に応じて気軽に声をかけてくスタイルが普通なんだろう。二人とも当たり前に自然に、わたしの思考を読み取ってすっと話しかけてきた。 だからお母さんもお姉さんも、今わたしの頭の中に呼びかけたことを疾しいともおかしなこととも思ってない感じだ。あえてアスハには隠してもらいたいとわたしに求めてもいないだろう。 それでも、こっちの方ではつい勝手に余計な気を回して口を濁してしまう。 何故なら、例えこれが集落では当たり前のコミュニケーション方法だとしても、アスハには全くそう思われてはいない。とわたしにはひしひしと身に沁みてわかってるから。 いつでもこっちが意識しなくても、常に誰かから頭の中を見られてる。って状態が一般的な普通の環境で育った人間には耐えがたいだろうってのは外で生まれ育ったわたしにはもちろんよくわかる。だからこそ、これまで何処に行ってもアスハ以外には自分の能力をひた隠しにし続けてきたんだし。 ここに来て、自分が生まれて初めて読まれる側に回って。漠然と想像してたより不快とか怖いとかいうことは、思ってたよりはないなと今のところは感じていた。 多分心の中を読まれてそれほど困るようなことって今のわたしにはそんなにないんだな、と改めて実感してるからかも。さっきの食卓でお父さんについてのアスハの発言を思い出しちゃったのはあっ、となったけど。あれが大丈夫ならもうそんなにここの集落の人たちやアスハの家族に見られて困ることはない。 そもそもわたしは通りすがりの部外者にすぎなくて、ここの人たちとすごい深い利害関係とかもないし。特別に隠し立てしたいことも個人的にはないんだよな。だから、頭にふと浮かんだ事柄に一瞬で突っ込みが来たときにも、ああ今の見られてたのか。と不意を突かれてびっくりするだけで済んでる。 けど、それはわたしがここの出身じゃなくて誰ともきちんとした人間関係がないからに過ぎないんだろうと思う。 例えば自分の村の人とか、家族とか。今までの人生を共にしてきて、これからも何がしかの関わりが多分続くと思ってる人たちががんがん容赦なく頭の中に手を突っ込んできて。わたしの思考に対してああだこうだ口出ししてきたらと想像すると。…やっぱ嫌だな。放っといてくれよ、とうんざりする。きっと。 そういう意味ではわたしは外の常識というか、根っからそっちの感覚に染まってるんだと思う。自分は他人の思考を勝手に黙って覗いてるのに(好きでそうしてるわけじゃないけど)、深い関係にある知り合いからそれをずっとやられるのは多分嫌だ。 一方でアスハはこの集落で生まれ育ったにも関わらず、ここの常識に染まらずおそらく外の人間の感覚に近い。 むしろ、わたしよりもさらに外の一般的な人の生理感覚が強いのかも。
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