第1章

14/19
前へ
/23ページ
次へ
 が、しかし。ローゼリーンは公爵家の娘である。感じている気持ちをそのまま顔に出したりなど、決してしない。もちろん、態度にも出さない。ただ粛々と食事を進めるだけだ。  唯一、テレサだけはローゼリーンの変化に気が付いているようだが。  そう思いつつ、ローゼリーンはバーグフリートを見つめる。  もしかしたら、彼は敏い人で、ローゼリーンの心に秘めた感情を察してくれるかも……などと、甘いことを考えてみる。  ……けれど、そんなことはなかった。彼はローゼリーンに見つめられると、そっと視線を逸らす。挙句、ローゼリーンに見つめられ続けたためか、ナイフを落としていた。 「……まぁ」  さすがにそれは予想外すぎて、ローゼリーンは声を上げてしまう。  慌てて侍女の一人がナイフを拾い、新しいナイフをバーグフリートに手渡す。彼は「悪いな」と小さく告げていた。 「……大丈夫、ですか?」  なんだか、彼の落ち着きがないような気がしてしまう。  手元だって、先ほどよりもおぼつかなくなっている。  ……まさかだが、無理をしているのではないか。 「もしも、なにかありましたら……」  ローゼリーンが気遣った言葉をかけようとすれば、彼は「なんでもない」と即座に返してきた。  ……まだ、半分くらいしか言っていないのに。 「少し、疲れているだけ、ですから。……気にしないでください」  彼が早口でそう紡ぐ。  それならばまぁ、構わないか……と思ったのもつかの間、ローゼリーンには気にかかることがあった。 「あの、私に敬語は必要ありませんよ。だって、あなたは私の夫でしょうに」  そこだけは修正する必要があるような気がして、ローゼリーンは口にする。バーグフリートは、一瞬だけぽかんとしていた。 「今までの私は、クラウヴェル公爵家の娘でした。でも、今日からはあなたの妻ですよ」  本当、まだ全然実感がわかないけれど……と心の中だけで付け足して、バーグフリートを見つめる。  彼が少し困っている。視線を彷徨わせる。グラスを口に運んで、ワインを飲み干してしまった。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

247人が本棚に入れています
本棚に追加