聖剣 ①

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 診療所への帰り道、背の丈ほどの草が生い茂っている草むらの横を通っていた時だった。  突然、トウが草むらに向かって激しく吠え出した。見ると、その奥の方でガサガサと葉が揺れている。 「誰かいるのか」 というシュウの呼び掛けに応える声は返ってこない。何かの動物が隠れているのだろうかとも思ったが、そんなことでトウが吠えるとは思えない。ココラルが吠えるのは、命が関係しているときだけなのだ。 「誰かいるのか」 と、シュウはもう一度呼び掛けながら草を手で掻き分けて奥へと入って行った。トウも唸りながらシュウの横にピタリとついて歩いている。長い草は行く手を阻み、中に潜むものの姿を隠し続けていた。と、唸っていたトウが立ち止まって、また吠え始めた。シュウは腕を目一杯伸ばすと、目の前の草を押し開いた。 「あっ…」  そこには、村では見かけない服装をした男がうつ伏せで倒れていた。動物の毛皮でできた暖かそうな上着は、足首まで覆うほど長く、その背中には鞘が紐で身体に縛り付けてあった。その鞘には、八本の足と毒針を持つ、人の手のひらほどの大きさのモサビという名の虫をモチーフにした紋が描かれている。  この紋は確か、クスラ国の軍隊のもの…シュウが幼かった頃、城に招かれた諸国の王の中に、この紋を刺繍したマントを身に付けている兵士を見た覚えがあった。  男の手に剣はなく、他に武器を持っているような様子もなかった。シュウは男に近づくと、その横に片ひざをついて男の肩に手をあてた。 「どうなされた?」  男の上着は太ももの辺りが破れており、その裂け目から見えるズボンには血がべっとりと染み込んでいる。 「ユアン様にお伝えしなければ…」  男は絞り出すようにそう言うと、うっすらと目をあけた。 「足を怪我されたのか?」 と、シュウは男の顔をもう一度覗き込んだが、おや…と、何か妙な感覚があって、もう一度よく男の顔を見つめた。そして、あっと口を開けた。 「あなたは、カイン殿ではありませんか」  その男はフオグ国軍の兵士であり、シュウが家を出る前、よく剣術の指導をしてくれたカインに間違いなかった。
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