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聖剣 ③
「母上」
と、トシはサラを呼び止めた。トシが診療所から家に戻ると、明後日のベネガの準備のために、サラが部屋から部屋へと忙しそうに動き回っていた。
「母上、何か手伝いましょうか?」
「ありがとう、トシ。動いていないと何だか落ち着かないのよ。何か忘れていることはないか不安で、確認ばかりしてしまうわ」
「母上に限って、何かを忘れてしまうなんてことはありませんよ。父上は、しばしばお忘れになりますが」
「本当に」
と、サラは朗らかに笑った。
「あの人は、本当に昔からぼんやりしてるの。外では国を守った英雄かもしれないけれど、家では全く、子供たちよりも子供なんだから。昨日だって、寝巻きの上からズボンを重ねて履いて、全く気づかないでいるのよ。信じられる?」
「何か別のことを考えておられたのでしょう。父上は不器用な人ですから、何か心に引っかかることがおありになるのかもしれませんよ」
「何かしら、ベネガのことかしら」
「今年は特別ですからね」
「そうだわ、あなたの式服なんだけど、これがぴったりだと思うの」
と、サラは椅子にかけていた服をとった。落ち着いた濃緑色の生地に銀糸で細かな模様の刺繍が施された美しい式服だ。
「これは父上が以前、お召しになられていたものではありませんか。そんな立派なもの僕には…ハクトに着てもらってください」
「ハクトは、若い頃のユアンよりも腕や太ももが太いから入らないのよ。あなたなら、ぴったり入るわ」
「ハクトが無理なら、本来ならシュウが着るべきものです」
「もう、あなたはまたそういうことを言う」
と、サラは式服を左腕に掛け、両手の掌でトシの頬をぎゅっと挟んだ。
「これは、あなたに着て欲しい。わかった?」
頬をぎゅっとされたまま、トシは小刻みに頷いた。サラはにこりと笑って式服をトシに渡した。
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