カワセミ拳法継承さる

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「お前達! 捌きがなっとらん!!」 鳥の鳴くような声が聞こえる。 否、それは鳥の声そのものだった。 九官鳥でもこうは話せないだろう、流暢な人間の言葉だった。 ましてやそれはカワセミのように__それも否、大きさを除けばカワセミそのものに見えた。 身体は50cmほどだろうか? 一般的なカワセミよりはかなり大きい。    大きなカワセミには、人間の弟子が大勢いた。 非肢拳(ひしけん)__聞けばそういう名前の流派だという。 人のような肢体の存在しないこのカワセミが、自力で編み出した流儀だという。 人々はそれを真似るため、カワセミの羽の代わりに、袖の下の異様に長い衣を身に纏っていた。 誰もが真摯にカワセミの言葉を聞いていた。 「師匠!対練(組手)、よろしくお願いします」 一番古株の弟子がそういった。 歳は三十を超えた頃だろうか その弟子は、未だ師に一撃も加えた事はない。 「良かろう!かかって参れ!」 カワセミは羽を狭めて構えを取る。 人のそれとは異様な構えだった。 羽で全身が見えず、嘴で顔すらも守られている。 弟子は取り敢えず、リーチの差を活かすべく蹴りを繰り出す。 「お前たちの攻撃はいつも読みやすいのじゃ!」 カワセミは羽で、闘牛士が牛を布一枚であしらうかの如く、蹴りを受け流す。 羽のせいで気がつけ無かったが、師の身体は思ったより数センチ前に出ていた。 そのような卓越した技を用いても、人間とは隔絶したリーチの差は埋め難い。 次段、蹴り足と同じ側の手で突きを放つ。 威力は落ちるが蹴りの流れのまま出す事で、間合いを詰めることが出来る。 それもアッサリと、鋭い嘴の一撃で拳の先を突かれる事で、痛みという本能が拳を止めてしまう。 受け流し、躱し、間合いを詰めることに卓越した拳法だった。 だが、攻撃せねば師に易易と間合いを詰めることを許してしまう。 接近されれば師の間合いだ。 人間の手足では、マトモな攻防も行えない。 次々繰り出す攻撃も虚しく、空を打つばかりであった。 羽の中で体幹がどう動いてるか見えない。 だから、隙が無い。 カワセミの身体に嘆かず、その有利を模索した結果が、この技の冴えであった。 接近を許してしまう__そこは師の間合いだ。 弟子とて、むざむざ嬲られるためだけに出てきたのではない。 肘と膝、これらを用いて接近戦を挑む。 袖の下が長い事で、軌道が読み難いはずの一撃。 だがそれも師の予測の範疇を出ず、透かされてしまう。 師の攻撃が来る。 受け流す__いや無理だ、躱せない。 一撃一撃は軽くとも、人間にはあり得ざる羽撃ちと嘴の連続攻撃を、一撃足りとも躱すことは叶わなかった。 だから、受け止める。 敢えて攻撃を受け、痛みに耐えながら師へカウンターを仕掛ける。 これには師も驚いたのか、人に比べて小さな身体が吹き飛んだ。 「やった! 初めて一撃当てられた!!」 年甲斐もなく、ピョンピョン飛び跳ねる古株の弟子。 「力業ではないか! そもそも一撃だけで喜ぶでないわ!!」 カワセミは嘴と羽で、古株の弟子を叩く 「だが合格は合格じゃ! これより非肢拳の最初の継承者としてお前を任ずる!!」 古株の弟子は、新たな師範として人を教える側に立つことになった。 「やれやれ、儂が鳥頭になる前に継承者が現れてくれて良かったのう」 カワセミも、心なしか嬉しそうな声でそういう。 後に古株の弟子も、大成して名を馳せたのだという。
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