第11話 不測の事態

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第11話 不測の事態

 それは総務課に配属されて知ったことだった。千春さまが雪くんを、あまりよく思っていないことを。  自分が社長に就けたのは、あくまでも雪くんが成長するまでの繋ぎ。そう、期間限定の社長職だったからだ。  ずっとリバーブラッシュの社長令嬢として、白河家の一人娘として君臨してきた千春さまだ。一般的なお嬢様たちと同じく、我が儘なところがあるらしい。  そう思うと、我が高野辺家は随分と特殊なのだと思い知らされた。可愛がられているお嬢様、と世間は思うだろうが、実際は我が儘を言っても、それが通らないことが普通。  一般家庭よりも厳しい有り様だった。  けれど世間は、千春さまのようなお嬢様が普通だと思っている。  我が儘で、世界は自分を中心に回っている、と勘違いしている世間知らずのお嬢様。  小楯さんたちを使うことに、何の躊躇いもないのだから、このように考えていてもおかしくはなかった。 「あの子、なかなかしぶといわね。千春さまが言うには、旧家のお嬢様らしいじゃない。だから多少、いじめればすぐに退職するって思ったのに」 「そうすれば、千春さまからご褒美が貰えるし」 「仕事をあの子に押し付けているから、こうして楽もできる」  いいこと尽くしよね~。  ある日、そんな会話を聞いてしまった。小楯さんたちは休憩室で盛り上がっているだけなのだが、私にとっては聞き捨てならない話だった。  つまりこれは、千春さまのご命令。  そして将来、社長夫人となる私に媚びを売るよりも、現社長の命令に従う方が、小楯さんたちにとってはメリットがあることを示していた。  確かに千春さまの方が社内でも、存在感も権力も強い。  雪くんにいい感情を持っていないのだから、当然……私に媚びを売っても意味を成さないと思われたのだ。  屈辱だった。自分に対してじゃない。雪くんが軽く見られたことが許せなかった。  ほんの少し前までは、牽制目的で私のところに来たくせに、すぐに千春さまに尻尾を振るうのも、また。  だから油断した。小楯さんたちが休憩室から出てくるタイミングを見逃してしまったのだ。 「やだ、この子。立ち聞きしていたの?」 「もしかして、副社長に告げ口とかしないでしょうね」 「今までのことだってしていないみたいだから、大丈夫じゃない?」 「でも、さっきの内容は意味合いが違うから……」  どうする? と顔を見合わせる小楯さんたち。私はその隙をついて逃げた。  とはいえ、私は社内に詳しい方ではなかった。営業課と総務課以外の場所はチンプンカンプン。  お昼だって、自分のデスクでとっている。時間内に戻れる自信もなく、今は小楯さんたちのせいで仕事に追われているから、でもあった。  けれどここで、総務課に向かうのは得策ではない。これ以上、迷惑をかけたくなかった。  多分、小楯さんたちのように大っぴらなことはしなくても、心の中ではよく思っていないのだろう。その証拠に、誰も手伝ってはくれなかったのだ。  雪くんに助けを求める? いや、ここは私一人で解決しなければ!  こういうことはこれからも起きる。毎回、雪くんを当てにするような女にはなりたくなかったのだ。  だから私は、非常階段の方へと足を向けた。  その理由は簡単だった。同じフロアにいる限り、小楯さんたちの方が有利なのだ。相手は三人。すぐに挟み撃ちにされてしまうからだ。  けれど階段だと、それはできない。さらにフロアを壁沿いに走っていれば、いずれ階段に行き当たるメリットもあった。  私の息が続けば……。 「捕まえたわよ」  非常階段に出た瞬間、笠木さんに腕を掴まれた。三人の中で一番若く、ヒョロッとしている女性だった。そして小楯さんの一番の腰巾着。  よりにもよって、この人に捕まるだなんて……! 「さぁ、早く戻りなさい。仕事をサボる気? あんたみたいな新入社員が、堂々とそんなことをすると、指導係の私たちが怒られるんだから」 「指導係? アレが指導というんですか? 言っていましたよね、いじめればすぐに退職するって」 「何よ、それを副社長に言うの? まぁ、言ったところで揉み消されるでしょうけどね」 「だったら尚更、私を止めるのは何故ですか? 怖くも何ともないのなら、離してください!」  私は思い切って、笠木さんの腕を払った。その瞬間、体が後ろに傾き、そのまま……。 「あっ」  物凄い音を立てて、階段から転げ落ちた。
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