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第13話 騒動は病室で
目を開けると、見慣れない白い天井で、一瞬、ドキッとした。雪くんの部屋を思い出したからだ。
あの時も今みたいに記憶が飛んでいたから仕方がない。
それよりもここは何処なんだっけ? 何か色々な人に声をかけられたのは覚えている。
確か「名前を言えますか?」「生年月日は?」とか。多分、白い恰好の人に……。
しかも消毒液の匂いがした。ううん。ここも何だか同じような感じがする。
「早智!?」
「お、母さん?」
どうしてここに、と言おうとしたら、今度はお父さんの姿も見えた。
「こらこら、早智は頭をぶつけたんだぞ。大きな声は控えなさい」
「そうでした。思わず……」
あれだけ反抗した態度を取っていたのに、両親は家にいた時と変わらずに接してくれる。
それだけで泣きそうになった。
小楯さんたちに嫌がらせを受けても、これは私が選んだことだから、と自分に言い聞かせてきた。だから雪くんが傍にいても、弱音は吐かない。そう思っていたのに……。
両親の顔を見て揺らぐなんて……なんて私は脆いんだろう。こんなに、弱かったのかな、私。
「早智、大丈夫? やっぱり無理をしていたんじゃないの?」
「えっと……」
「退院したら、戻ってきなさい。さっき白河さんから連絡があって、警察が事故と事件の両方で調査してくれるらしいわ」
「え、え?」
白河さんって雪くんのことかな。しかも、知らない内に警察!?
咄嗟に起き上がろうとした瞬間、頭に激痛が走った。
「うっ!」
「ダメよ、起き上がっては」
「そうだ。頭を打ったのもあるが、疲労も蓄積していたと聞いた。しばらくの間、入院できるようにしておいたから、ゆっくり休みなさい」
ということは、ここは高野辺家の息のかかった病院ってことなのだろう。確か、父方の親戚に医者がいたような気がしたから……。
都心に近いから、むしろそっちの方がいいだろうと運ばれたのかもしれない。
あの時、笠木さんの手を振り払った拍子に体が後ろに傾いて……手すりを掴もうとしたけれど、届かなくてそのまま私は階段から……落ちたのだ。
意識が朦朧としていた中、雪くんもいたような気がしたけど……あれは気のせいだったのかな。
お父さんの言う通り、疲れもあったのかもしれない。同じ会社にいるけれど、常に雪くんは傍にいてくれるわけでもないのに、あんな幻覚を……。
慣れない仕事と環境で、常に気を張っていたとしても、あり得ない……!
それでも尋ねずにはいられなかった。
「雪くんは今、警察の方にいるの?」
ここに雪くんがいない、もしくはいられない理由を。
「いや、ここにいるよ」
突然、雪くんの声が聞こえた。
すぐに起き上がって顔を確認したかった。けれど雪くんに非難がいき兼ねない状況に、私はグッと堪えるしかない。ただでさえ、両親は私を連れ戻したがっているのだから、尚更だ。
たまに帰るくらいならいいんだけど、完全には……。
「すみません。遅くなりました」
「本当なら怒りたいところだが、早智をこんな目に遭わせた人間を捕まえてくれたんだ。そこについては言及しない」
「ありがとうございます」
「しかし、早智を危険に晒したことには変わらない。これ以上は――……」
「待って、お父さん!」
このままだと全ての責任を雪くんに被せる気だと察した私は、無理をしてでも止めに入った。
「早智。大きな声は……」
「分かってる。だけど、何も聞かずに、判断するのは、やめて」
頭が痛くて、途切れ途切れに言葉を繋ぐ。息切れしそうだった。
「そうだな。事故の経緯も聞かなくては」
「っ! ありがとうございます。けれどそれは僕からではなく、会長……養父から聞いていただけますか? 挨拶をしたいと来ているんです」
「え? どうして……」
「今回のことは、義姉が関わっているからなんです」
雪くんの発言と警察、会長の出現で、何があったのか、私は瞬時に察した。
小楯さんたちの発言で、すでに千春さまが関与していることを知っていたからだ。そして雪くんと会長も、また同じように知ってしまったんだ。
***
「この度は、大事な娘さんをこのような目に遭わせてしまったこと、大変申し訳ありません」
会長は病室に入って来たのと同時に、私の両親に頭を下げた。
この時ばかりは安静と言っていた両親も、寝たままではいけないと思ったらしい。私の体を起こしてくれた。
「今後、このようなことが起きないためにも、警察にはきちんと調査してもらうつもりです。けれどその前に、倅から娘が関与している、とのことで本人に確認しました」
「それは警察に行く前のこと、ですよね」
「勿論です。事実確認も含めて聞いたところ、総務課の社員に言ったことを認めました」
会長は言葉を濁したが、雪くんの顔を見る限り、ちゃんと内容を熟知しているようだった。そう、私に嫌がらせ行為をするよう命じた内容である。
「社長職をこのまま続けたいがために、辰則の恋人でもあり、我が社の社員でもあるお嬢様を蹴落とせれば何でもいい、と言ったそうです。辰則は千春との結婚を断り、社長の座に就く名目さえも、お嬢様との結婚だと言い張るくらい執着していましたから。お嬢様に何かあれば辰則に打撃を加えられると、安易に考えたんだそうです」
「ま、待ってください! それはどういうことですか?」
私との結婚が社長になる名目? いくら何でもおかしいでしょう!?
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