第4話 待ち伏せ

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第4話 待ち伏せ

 どうして。それ以外の言葉が思い浮かばなかった。  ホームページに記載してあった名前を心の中で反芻する。  『白河辰則』  雪くんの名前も辰則だ。苗字が違うだけで。もしかして、引き取られた親戚の家の苗字が『白河』だった?  それなら、再会した時に言えばいいのに。  『今は白河を名乗っているんだ』くらい、わけないでしょう?  途端、怒りが湧いてきた。退社する足がそれに比例して速くなる。いつもなら反省したり、疲れが足に出て遅くなったりするのに。  だから向こうも、私がそんな速く駅に着くとは思っていなかったらしい。  駅の近くに横付けされた、白い車の前に雪くんがいたのだ。スマホで話している姿だけなら、待ち伏せされているとは思わない。  けれど私と目があった瞬間、すぐにスマホをポケットにしまい込んだ。  え? 何で?  思わず立ち止まる。その間、雪くんがこちらに向かって歩いてくるのだから、さらに混乱した。  そしてお昼の休憩時に現れたお姉さま方を思い出し、私は反射的に逃げた。  マズい。ここで雪くんと二人でいるところを見られたら、私の社会人生活が終わる。  休日、二人でいたところをわざわざ確認しに来たくらいだ。あんなお姉さま方に目をつけられたらひとたまりもない。  確かに副社長だもんね。しかも、独身で若い。お姉さま方が狙うのも分かる。  けれど私は、そう言うのが一番嫌だった。甘い蜜を吸いたいがために近寄るおべっかたち。  昔からそういう者たちに狙われていたから、近寄られただけで嫌悪感が半端ないのだ。気持ち悪い。  そしてそういう者ほど、虎の威を借りる狐の如く、他者への攻撃は手を抜かない。自分は有能なのだと見せびらかしたいからだ。  私は泣きたくなる気持ちでいっぱいになった。折角、入社したのに、すぐ退職なんてしたくない。ここに決まるまで大変だったから、余計に。 「ま、待って!」  しかし雪くんはお構いなしに追いかけてくる。  私と雪くんでは身長差が頭一つ分あるため、足の長さも違う。いくら早足で頑張っても、簡単に追いつかれてしまうのだ。  腕を掴まれて、思いっきり振り払って叫ぶ。 「離して!」 「っ!」  逃げていたんだから、抵抗するのは当たり前なのに、雪くんは凄く傷ついた顔をした。お陰で罪悪感が私の心を占める。  やめてよ……。 「それは……できない」 「何で?」 「昼間、小楯(こだて)たちが高野辺のところに行ったって……聞いたから」 「……小楯、さん? って誰?」  多分、あのお姉さま方だとは思うけれど、雪くんとの関係性が知りたくて聞いた。意図を察してくれたのかは分からないが、望み通りの答えが得られた。  小楯(こだて)美玲(みれい)笠木(かさき)杏奈(あんな)横倉(よこくら)真奈美(まなみ)。三人とも総務課で、主に副社長室の秘書を担当している、ということだ。  道理で私に突っかかるわけだ。恐らく雪くんにアプローチをして……して? 「つまり雪くんは、小楯、さんたちが私に何かするであろう、アクションを受けていたの?」 「それは、その……誤解を受けたくないから、ゆっくり話せるところに行かないか。ここだとまた見られたら困るから」 「雪くんが私の腕を離してくれれば困らないわ」 「ダメだ! そしたら高野辺は逃げるだろう?」 「当たり前じゃない」  いくら相手が雪くんでも、面倒事は勘弁してほしい。それはもう、地元で散々やったことなのだ。いや、これからが大変だった。  上の姉さんたちを見てきたから知っている。お見合い話が舞い込んで……家の中の雰囲気は滅茶苦茶。  親の要望と本人の要望、仲人さんたちの思惑が交差して、気持ち悪くなるのだ。  そう、気持ち、悪く……。 「高野辺? どうした、大丈夫か?」  あまりの気持ち悪さに、私は持っていた鞄を離してしまう。それなのに、鞄が地面に落ちた音が聞こえない。  雪くんが心配そうな顔で覗き込むが、それすら霞んで見えてしまう。口元も僅かに動いているのが分かるが、何を言っているのか。もう、私の耳には届かなかった。  どうして私を放っておいてくれないの?  私はただ、普通でいたいのに。  普通に……普通に……。 「皆と同じ……普通に……」  都内にいる私はただの高野辺早智。地主であり、旧家でもある、由緒正しい高野辺家の三女じゃない。  皆と同じ、会社に通う一社員だ。 「うん、知っている。高野辺がずっとそれを望んでいたことは。でも孤児のままだと、誰かに取られるから。だから許してほしい」  意識が途絶える瞬間、腕を強く引っ張られて私はそのまま雪くんの方へと倒れ込む。  力強い腕に抱き締められていることも、横抱きにされることも、私は知らず。勿論、意識を失っているのだから抵抗すらも。  運転席から男性が下りて来て、後部座席のドアを開ける。雪くんはそのまま、私を横抱きにしたまま中へ。 「今後のことは僕がすべて処理をするから……だから今はゆっくり……」
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