※大切なものかな!

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※大切なものかな!

 空side  今日も美術室で美術部達の雑用を朝からやっている俺。昨日洗って干しておいた道具を片付けて、その後はひたすら絵を描いている人達を眺めていた。  一緒に参加してる平塚さんは一生懸命みんなの指導をしていた。  そして美術部の夏休み中の活動は、火、水、木の週三だけだった。それも七月までで、八月からは普通に夏休みになるらしい。夏休み中の参加も自由。だから今日は割と少な目だった。  暇だなー。  と、ここで美術部の顧問が声を掛けて来た。 「やあ早川くん。二日目だけど、どうかね?美術部は」 「どうって、凄く静かだなって思いますね」  美術部の顧問は少し年配のおじさん。朝はいるけど、お昼ぐらいになるとどこかへ行ってみんなが帰る頃に顔を出す。ほんと平塚さんに任せてる感じ。 「君には落ち着かないかなここは」 「そうでもないです。こうして見てると、同じ物を描いてるのに全然違う絵になるんだなってちょっと面白いですよ」  教室の真ん中に置いてある女の人の銅像をみんなで囲って書いてるんだ。  人それぞれ大きさも違うし、絵の進み具合なんかも違った。書いては消してを繰り返す者もいれば、既に一枚描き終えて二枚目三枚目に入る者もいた。 「そうなんだよ。個性というのかな。同じ物でもその人の目によってそれぞれ変わった物が完成するんだ。私はそれを見るのが楽しみなんだよ」 「そうなんですか」 「どれ、早川くんも描いてみてはどうだ?意外と才能あったりして」  ニシシと笑った顧問の先生は場所を用意してくれた。道具はもう分かってるから自分で出してみた。暇つぶしにはなるかな?  俺はそんな軽い気持ちで絵を描く事にした。 「それじゃ私は抜けるから、何かあったら部長か平塚くんに言ってね」 「はーい」  顧問の先生は機嫌良さそうに今日もどこかへ消えた。  さてと、銅像を描くんだよな?顔から描いてみるか。  俺が鉛筆を手にした時、平塚さんがひょこっと現れた。 「空くんも絵を描くの好き?」 「いえ、全く。絵心ないですよ」 「ふふ。だよねー♪じゃあ出来たら呼んで。楽しみにしてるー」  いつも元気な平塚さんもさすがにここでは静かに話していた。  みんな集中して描いてるからな。  もちろん途中で抜けてもいい。基本的に自由だ部室内で大きな声でお喋りしたりスケッチしてる人の前や横で気の散るような動きをしなければ、お昼など来るのも帰るのも自由だった。  それから俺も集中して銅像を絵に描いてみた。  が、我ながら笑える出来栄えだ。これを貴哉に見せたら笑って馬鹿にされるだろうなって思った。 「描けたー?」 「あ、はい。でも難しいですね」  ひょこっと現れた平塚さんが俺の絵を見て来た。どうせ笑われるから変に隠したりしないで普通に見せたら、平塚さんは真面目な顔をして見ていた。 「うーん、悪くないよコレ」 「へ?」 「あ、そっくりそのままあれ通りに描きなさいって言うんだったらちょっとアレだけど、これはこれでインパクトがあって俺は好きかな!」 「え、これ正解なんですか?」 「正解も不正解も無いよ。上手い下手あるけど、キチンと描き切る事!それさえ出来れば完璧♪初めなんてそんな感じでいいんだよ。何事もそうだと思うけど、初めから上手くいくなんて稀な事なんだから、だから一つの事をやり遂げる。初めの目標はコレにしたらいい。そして何度も何度も繰り返していく中で、少し変化を加えたり、上を目指したり、そういう楽しみもあってもいいんじゃないかな♪」 「すげー……」 「俺流の初心者への教え方なんだけど、適当って意味じゃないからね?まずは絵を好きになってほしいんだ。いきなりこうしろああしろって言って嫌いになっちゃったら悲しいからさ~」 「平塚さんも絵描いてるんですか?」 「描いてるよー♪大好きだからね」 「見たいです。見せてくれますか?」 「いいけど、途中だよ?こっちこっち~♪」  平塚さんの席は教室の端で、向きも銅像の方とは違う方を向いていた。  そして平塚さんの絵を覗き込むと思わず大きな声が出そうな絵がそこにあった。 「うわー!すげー!一発で誰だか分かるー!」 「へへ。まだ途中だけどね。ちなみにこの写メを見ながら描いてるの♪俺のお気に入りの一枚だよ」  スマホの画面を見せてもらうと、絵に書いてある通りの三人が写っていた。  左に香山さん、真ん中に平塚さん、右に桐原さん。三人が並んでそれも三人共笑顔の楽しそうな写真だった。 「そうだなー、この絵にタイトルを付けるなら……大切なものかな!」 「平塚さんって絵がめちゃくちゃ上手いんですね。驚きました」 「俺なんてまだまだだよぉ!でも絵を描くのは好き♪」 「俺ももっと描いてみます。ありがとうございます平塚さん」 「はーい♪少ししたらまた見に行くよー♪」  平塚さんの才能には驚いた。まだ途中とは言え、誰が誰だか見ただけで分かる出来だった。  大切なものか。俺の大切なものは貴哉かな?俺も貴哉を描いたら、本人に喜んでもらえるかな?  すげー笑われそうだけど、良い機会だしちょっとやってみるか……  平塚さんに褒められて調子に乗ったのと、こうして大人しくスケッチブックに向かうのも悪くないと感じたので俺も美術部員達と一緒に黙々と鉛筆をスケッチブックに走らせた。
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