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お前にだけは名前で呼ばせてやるよ!
俺と二之宮は校舎に戻り、今度は部室の横の教室に来た。ここは昨日更衣室兼物置きだって聞いたぞ。
「次はここだ」
「ここに人がいるのか?」
「いるぞ。裏方はここで活動してるんだ」
二之宮がドアを開けると、中で十数人が木の板やダンボールなどで何かを作っていたり、机に座って話し合っていたりした。
そして教室の一角がカーテンで仕切られていた。あそこが更衣室か。
「みんなすまないが手を止めて話を聞いてくれ」
二之宮が声を掛けると作業していた手を止めてその場でこちらを見て来た。すると、机にいた一人が近付いて来た。
「どうしたの茜ちゃん。俺らの邪魔していいと思ってんの?」
「……昨日から仮入部した秋山を」
「俺知ってるよー!伊織のお気に入りだろー?」
「なになに、茜ちゃん?伊織のお気に入り連れ回して自慢ですかー?」
何なんだよこいつらは。見た感じ二年だけど、二之宮の言う事なんかまるで聞こうとしない態度。それどころか二之宮の事煽ってないか?
「桐原は関係ない。俺が秋山の指導をする事になったから挨拶に……」
「うぜーんだよお前。んなのいらねぇからさっさと出てけや」
机からこっちに来た男が二之宮に言うと周りも茶化したり、笑ってたりで二之宮は黙ってしまった。二之宮って嫌われてんのか?
「ふぅ、秋山行こう」
「……ああ」
諦めたのか二之宮は溜息をついて教室から出た。
そして隣の部室に入る。詩音も桐原も誰も居なかった。
「なぁあいつら何なんだ?態度悪過ぎねぇ?」
「秋山は気にするな。これで一通り挨拶は済んだ。後は顧問の御影先生なんだけど、今週は休み何だ。来週から顔を出してくれるからその時に挨拶するぞ」
「おー」
「さて、早速だが台本の読み方は薗田さんに教わったな?」
「昨日教えてもらったけどよ……おい、二之宮大丈夫か?」
「何がだ?」
普通に話を進めようとしてるけど、明らかに顔色が悪い。さっきの奴らと話してからだ。
「体調悪いんなら無理すんなって」
「はぁ、後輩に心配されるなんてな」
「今日って保健室やってんのか?一人で行けるか?」
「いや、大丈夫だ。それに俺がいなくなったらお前に指導するやつがいなくなるだろ」
「俺なら適当にやるって。今は人の心配より自分の心配しろよ。ほら行くぞ」
「?」
俺が手を出すと、キョトンとした顔してるからニヤッと笑って言ってやった。
「連れてってやるよ保健室」
「馬鹿にしてるのか?」
「心配してんだって。俺のリーダーだからな」
「…………」
今度は黙って真顔で見て来た。マジで大丈夫か?何なら帰った方が良くね?二之宮を送ってくとか言って俺も帰っちゃおうかな?
「なぁ、具合悪いんならマジで……」
「秋山は、さっきの奴らに馬鹿にされてる俺を見てどう思ったんだ?」
「はぁ?別に何とも思ってねぇよ」
「何とも?情け無いとかこんな奴に教わっていいのかとか思わなかったのか?」
「思ってねぇって言ってんだろ。あんたの事は嫌いだった。でも一緒に挨拶回り行ってくれたり、真面目な奴なんだと思ったぜ。仲間全員に俺の事紹介して、あんな奴らにまでさ。今は嫌いじゃねぇよ」
「……そっか」
「ああ言うの相手にしなそうなのに意外と気にするんだな」
「秋山と俺は違うんだ」
「そりゃな。俺も周りから良く思われてねぇけど、気にしねぇよ?いちいち気にしてたら面倒くせーからな」
「少しは気にしろよ。秋山の場合は直さなきゃいけないところばかりだぞ」
「知ってる。でも、側に居てくれる奴はいるからよ。俺にはそれで十分なの!だから直しませーん」
「お前って……」
「何だよ?」
「いや、何でもない。秋山と話してたら大分楽になったぞ。よし、練習始めるか」
そう言って二之宮はニコッと笑った。あ、こいつの笑顔初めて見たかも!二之宮って俺の事初めから睨んでたからなー。へー、二之宮ってこんな顔もするんだな。
「お前笑ってた方が絶対いい!」
「何だよいきなり、てか俺は年上なんだぞ!お前とか言うなよ」
「じゃあ二之宮?」
「呼び捨てにすんな!」
「なぁ下の名前何てーの?さっきの奴らが呼んでたけど、何て言ってたんだ?」
「いや、二之宮でいい」
「はぁ?教えてくれてもいいじゃん」
「……茜だ」
「え?なに?」
「茜だって言ってんだ!」
「うわっ可愛いくね!?」
「うるさい!可愛いくない!」
「あはは、茜ね。いいじゃん。かっこいいよ」
「女みたいで嫌なんだっ下の名前で呼ぶんじゃねぇぞ!」
「そんな事言ったら結構女っぽい名前の知り合いいるぞ?桐原だって、伊織で際どいし、他校の友達に楓ってのもいるぜ。あ、俺の彼氏の名前は空ってんだ。可愛いーだろ?みんな気にしてねーみたいだぜ?」
「お前はいいよな、男っぽい名前で」
「おう!気に入ってる♪てか自分の名前なんだから大事にしろよ。名前に男も女もねぇ。俺からしたら男が女役やるのと変わらねーよ。アンタらそれを当たり前にやるんだろ?堂々としてりゃいいと思うけどな」
「……何かっこいい事言ってんだよ」
「今のかっこよかったか?先輩って呼んでいいぞ」
「調子に乗るなっ!特別だ!お前だけには名前で呼ばせてやるよ!有り難く思えよ」
ふいっと顔を背けて相変わらずな上からの物言いだったけど、茜の耳が赤いのを見逃さなかった。なんだよこいつ、めちゃくちゃ可愛いとこあんじゃん。
そんな感じで俺と茜の特訓は始まった。
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