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詩音って良い奴だな
俺と桐原は演劇部部室に戻って、やってやる宣言をしたらモデル男は泣いて喜んでた。
ニコニコ笑顔の卯月には歓迎されてるみたいだが、二之宮にはずっと睨まれたままだった。二人は練習と指導があるので食堂に戻って行った。
演劇初心者の俺には時間も無いので今日から軽く基礎を教わる事になった。
「まずは台本の読み方から教えよう」
「悪い、俺文字読むの苦手なんだわ。動画とかねぇの?」
「簡単だから大丈夫だよ。貴哉くんが分かるように一緒に読んでいこう」
俺がわがままな事を言ってもモデル野郎は怒る事もなく優しく根気強く教えてくれた。
あれ?もしかしてこいつ良い奴か?
その後も覚えの悪い俺に時間をかけて丁寧に教えてくれた。
「なるほどな。やっと分かったぜ。俺はこのデシーノって女の台詞を言えば良いんだな?」
「そうそう。シーンや動きとかは前後、又は冒頭に書いてあるから、難しかったら聞いて」
「にしてもこのデシーノって女、ひでぇ女だな。どうして姫に嫌がらせするんだ?」
「ふふ、何でだろうね?どうしてって思えるのは素晴らしい事だよ。デシーノと言う人物はどういう性格で、どういう物を好んで嫌うのか、喋り方や行動、考えて想像して、そして演じる。貴哉くんがデシーノになるんだ」
「難しいな」
「きっとやっていけば分かるようになるよ」
「……なぁあんたの名前ってさ」
「ああ、詩音でいいよ」
「分かった。じゃあ詩音。詩音って良い奴だな。俺、ちょっと苦手かもって思っちゃったんだ。でも優しいし、ちゃんと俺と向き合って教えてくれるし、良い奴だった。俺も詩音が作ったこの話、ちゃんと向き合うから」
「ありがとう貴哉くん。やっぱり君は神様だね♡」
また手を握られたが、今度は嫌じゃなかった。
俺は詩音がいる内に台本をあらかた読んでみる事にした。分からないところとかすぐに聞けるからな。文字を読むのは苦手で初めは睡魔との闘いになりそうだったが、読み進めるにつれて段々と物語に惹き込まれて行って、気付いたらもう十二時になろうとしていた。
え、俺一時間も台本読んでたのか!?
俺は開いたままの台本を裏っ返しにして、詩音と話をしている桐原に声を掛けた。
「腹減ったと思ったらこんな時間じゃねぇか!おい桐原飯行こうぜー」
「あ、台本読み終わったのか?」
「いや、まだ途中だ。ちょっとおもしれーから飯食ったらまた読むわ」
「え!まだ終わらないのか!?」
「嬉しいよ貴哉くん!時間をかけて楽しんでくれるなんて!昼食を食べたらまたおいで♪」
「おう!また来るわ」
桐原を連れて部室を出る。少し肩が凝ったな。腕を上に上げて伸ばしていると隣を歩く桐原に笑われた。
「お疲れ様。貴哉」
「桐原もなー。なぁ何食う?てかみんなと合流すっか」
夏休み中は学食も売店もやってないので近くのコンビニか外に食いに行かなくちゃならない。
空達もどうなったか気になるしなー。
俺が提案すると、桐原は首を横に振った。
「ちょっと貴哉と話したいから今日は二人でランチしないか?」
「何だよ話って?」
「時間も惜しいし食べながら話す。奢るよ」
「んー、いいよ。空には演劇部の奴らと食うって送っておくからな」
「ありがとう」
俺と桐原は学校を出て近くの定食屋に来た。ここは量が多くて安いと評判の店で、既に運動部達で賑わっていた。少し時間ずらして来れば良かったか?
「あ!桐原さんだ!」
「ほんとだ!桐原さん!こちらの席どうぞ!」
奥の方で桐原を呼ぶ声がして見てみると、うちの制服着た奴らが手を振っていた。桐原の知り合いか?俺達が近付くと、食べ終わったトレイを持って更に使っていたテーブルを拭いて「ごゆっくりどうぞ!」と店員が言いそうな事を言って店を出て行った。
何だあいつら?
「なぁ友達なのか?」
「いや、知らない人達だ」
「マジかよ!?でも名前呼んでたじゃん!」
「俺のファンじゃない?それよりも貴哉何食べるのー?」
何も無かったかのようにメニューを見てる桐原。こいつも只者じゃねぇな……
俺は焼肉定食。桐原はカツ丼を選んだ。
二人で食いながら演劇部の話になった。
「で、話ってなんだよ?」
「いや、貴哉には無理言っちゃったかなって。悪かったな」
「別に。やらなくちゃいけないのは事実だしな。それに何かあったら桐原が何とかしてくれんだろ?結構頼りにしてるんだぜ」
「はは、そりゃ嬉しいな」
「それにしてもデシーノだけど、何であんな捻くれてんだ?師匠のマジョリーナが可哀想だぜ」
「まだ途中しか読んでないんだろ?まぁ捉え方は人それぞれだからな。デシーノが好きって人もいると思うぜ」
「へー、まぁ姫みたいなか弱い女を演じるよりは悪役を演じる方がマシだな」
「はは、そっちの貴哉も見て見たかったな」
「桐原は男役だからいいよな」
「結構大事な役だからプレッシャーだけどな。さっき詩音さんと話したけど、今回他の部の俺たちをメインどころに選んだのには他の部員達に刺激を与える為らしい。俺は経験者だけど貴哉は全くのど素人。その二人を見て部員達が何を思ってどう動くのか試してるんだと」
「ふーん。結構考えてんだな。部長も大変だな。そういやうちの部活も部長変わるのか?」
「ボラ部は夏休みいっぱいで切り替わる予定らしい。次の部長は俺だ」
「だろうな。あの中じゃ桐原しかいねぇだろ」
「んで、副部長は俺が決めていいらしいんだけど、貴哉がやってくれないか?」
「やだ」
「言うと思った」
即答するとへへと桐原が笑った。
俺はこの演劇部の仕事が終わったらボラ部を辞めるつもりだ。二年は他にもいるし、やる訳ねぇだろ。
「まぁ考えといてよ。もしなってくれるなら貴哉は何もしなくていいし、全部俺がやるからさ」
「お前って何でそんなに俺にこだわるんだ?お前モテるんだろ。お前がスカウトすりゃ誰でも喜んでやるだろ。他当たれよ」
「貴哉を気に入ってるのもあるけど、副部長に相応しいのは貴哉だとも思ってるぜ?」
「やっぱ頭イカれてんな」
「はは、かもな」
桐原の話ってのは詩音の考えとボラ部の後継者の話だったのか。食い終わった俺達は続きをやる為に演劇部の部室に戻った。
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