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「あ、あの、近衛(このえ)さん。す、好きです。僕と付き合ってください」 「……え?」  放課後、夕日の差し込む誰も居ない教室で、わたしは男子に告白をされた。  シチュエーションだけを見れば、なんと青春じみた雰囲気だろう。同じ高校一年生の子の中には羨ましがる人もいるかもしれない。 「ご、ごめんなさい」  しかし、わたしは仰々しく頭を下げて断る。 「ど、どうして?」  愕然とした表情で、男の子は一歩詰め寄ってくる。わたしは二歩下がる。 「い、いえ、あの、その、あなたには、もっとふさわしい相手が見つかるかな……と」 「そんなはずないっ。僕には近衛さん以上の相手なんていないんです!」  距離を置こうとすると、相手はそれ以上にグイグイと詰め寄ってくる。一歩下がれば、二歩。二歩下がれば、三歩。そうして、いつしか、教室の隅に追い詰められていた。 「理由を聞かせて。悪い所があれば直すから」 「いや、その、直さなくても大丈夫かな……うん」  体がぶつかってしまいそうな距離で詰められて困ってしまい、ダラダラと汗が流れだす。頭の中は、相手を怒らせずにどう逃げようかってだけで一杯だ。  男の子の伸ばした手がわたしに触れた瞬間、悪寒が走り、頭から爪先まで全ての肌がゾワゾワと粟立った。  あ、これ、違う。  嫌悪感から、恐怖に変わる。 「ねえねえねえ、どうしてなの? 教えてよ」 「や、やめ、やだ、やだ……」  心臓がバクバクと激しく動く。目からは涙が溢れてきそう。  あからさまに嫌がっているのに男子は鼻息荒く近寄ってくる。わたしはぎゅっと目を瞑って耐える。しかし、  もう、だめ……  すぐに我慢の限界に達して、 「だって、あなた人間じゃないでしょ!」  と全てを投げ出すように叫んで蹲った。  わたしが叫んだのとほぼ同時に、教室の戸が勢いよく開かれ、 「てーい!」  女の子の叫び声が聞こえたかと思うと、男子は軽く吹っ飛んだ。 「大丈夫。綾美(あやみ)」 「う、うん」  わたしと男子の間に、トイレ掃除用のデッキブラシを持った女子が立ちふさがる。わたしが縋るように頷くと、悠希(ゆうき)はちらりとこちらを見て頷いた。頼もしい背中。 「綾美を困らせたら許さないから」 「そ、そんなつもりは……」 「うるさいっ」  その一喝で男子は逃げ出す。そのまま、悠希は追撃を加えるためにデッキブラシを振りかぶった。 「待って!」  それを、わたしは大きな声で静止した。勢い余って、悠希がよろめいて机にぶつかる。その隙に男子は姿を消した。走って逃げ出したんじゃない。その場で姿が風景に溶けるようにすうっと掻き消えた。 「もう良いよ。大丈夫だから」 「はあ? ついさっき怖がってたくせに。ああいうのは、ちゃんと止めを刺さないと」 「だって、もう居なくなったんだから。それに、トドメって、相手はもう死んでるんだよ?」 「幽霊だからね。でもさ……」  不満そうに眉間にシワを寄せる悠希。負けまいとこちらもじっと見つめる。数秒の睨み合いの末、先に根負けしたのは悠希だった。  悠希は呆れて手をヒラヒラとさせながら肩を竦めた。 「お優しいことで。そんなんだから、色んなのが寄ってくるんだよ」 「あはは……」  いつも助けてくれる苦労を思ってわたしが曖昧に笑うと、悠希もまた仕方がないなと苦笑した。 「それにしても、さっきの綾美も可愛かったなあ」 「……いつから見てたの?」 「ん? 最初から」  ちっとも悪びれる様子なくあっけらかんと言う悠希にわたしはげんなりと閉口した。ここで何を言っても無駄。悠希はいつもこうだから。
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