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3.
「ねえねえ、近衛さんって幽霊見えるんでしょ?」
放課後、悠希と一緒に帰ろうとすると一人の女子が話しかけてきた。違うクラスなのか、知らない子だ。
「まあ、はい」
相手の様子を窺いながら、わたしは曖昧に返事をする。
幽霊が見えるということに興味を持つ人は多いらしく、こうやって話しかけてくる人は少なくない。ほとんどは冷やかし、からかいだけど。
わたしと違って、幽霊を素知らぬ顔であしらえる悠希は幽霊が見えるとバレていないらしく、こういった話しかけられ方はしないらしい。悠希だったら、からかってくる人間も幽霊と同じようにあしらいそうだけど。
「わたし、新聞部の福原菜々子」
「はあ」
曖昧に返事をする。新聞部。この学校にそんなのあったんだ。学校の新聞なんて読んだこと無いや。いつも通り過ぎてる掲示板とかに貼ってあったりするのかな。
「学校の七不思議の検証をね、手伝ってほしいんだ。本当に幽霊が見える子と一緒なら、記事のリアリティが増すでしょ」
「……七不思議、ですか」
断ろう。心の中で決意する。幽霊なんて嫌でも向こうから関わってくるのに、こちらから接触するなんて以ての外。
相手の気をできるだけ悪くしないよう断れる言葉をわたしは探す。
「今日、今から」
「今から?」
昇降口からは橙に染まりつつある空が見えている。今から七つも噂話を検証していたら、終わるのは何時になるだろう。夜の暗い校舎の中で、物陰から飛び出してくる幽霊を想像して、身震いした。
「あの……」
「お願い。近衛さんだけが頼りなのっ」
わたしの言葉を遮り、福原さんは両掌を顔の前で合わせた。こう頼まれてしまうと、口から出かけていた断りの言葉が顔を引っ込めてしまう。
幽霊は怖いし、大嫌い。わざわざ幽霊に会おうとする人間の神経なんて理解できない。
でも、それと同じくらい、孤立するのも嫌いだから、わたしは人からの頼み事はできる限り断らないようにしている。幽霊じゃなくて、生きてる人に好かれたいから。
恐る恐る、悠希を見る。約束を反故にされそうになっているからか、やさぐれた目でこちらを見ていた。
「あのね、悠希……」
「だめ」
先回りして、釘を刺される。
「今日だって怖がってたくせに、どうして行くのさ?」
「せっかくわたしを頼ってきてくれたんだよ。それに、悠希も一緒なら怖くないから」
「嫌よ。私は行かない」
悠希からむべもなく断られ、福原さんも「人数が多いと幽霊も出にくくなりそうだから、二人きりのほうが良いかなあ」と後ろで呟いた。
「一緒に帰る約束してるんだから、約束通り一緒に帰る。それでいいでしょ」
毎日一緒に帰ってるのに。と口をついて出そうになったが、悠希の真剣な表情に、茶化せなくなってしまった。
初対面の人が頼ってくれることなんて滅多にないから、わたしも引き下がれない。
「今日だけは、ごめん。また明日から一緒に帰ろう?」
「もういい」悠希は大きく息を吸ってから、すべてを投げ出したような声を出した「何が起こったって知らないんだから」
言い終わるのが早いか、悠希はズンズンと大地を踏みつけるように大股で昇降口から出ていってしまった。怒らせちゃったな。
「大丈夫?」
「ええ、はい」
心配そうに覗き込んでくる福原さんに、わたしは曖昧に笑って返す。
帰ったら、謝らなきゃ。
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