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 次の日の朝一番。授業が始まる前にわたしは物理講義室に向かった。昨日、福原さんに追い詰められた窓際の隅っこに、花瓶に挿した花を供えた。  福原さんは見当たらない。悠希に蹴飛ばされてどこかに飛んでいってしまったのか、それとも成仏してくれたのか。 「昨日襲われたところなのに、花なんて供えて上げる必要ある?」  手を合わせようとすると、いつの間に来ていたのか、背後から悠希に声をかけられる。 「確かにびっくりしたよ。怖かったし、ちょっと泣いちゃった。でも……」  そこまで言って、わたしは言い淀んだ。自分の行為が矛盾していて、悠希に理解されないのは分かっていたから。 「それでも、福原さんが寂しかったのは本当だと思うから」 「お優しいことで」  呆れたように言って、悠希はべえっと舌を出した。 「誰彼構わず優しくしてるから、綾美を目当てにそこら中から幽霊が集まってくるんだよ。ほんと迷惑」  悠希がそれを言うんだ……。  振り返り、ムスッとした目でわたしは睨んだ。悠希は素知らぬ顔で首を傾げた。  悠希もまた幽霊だったらしい。  いつから? ずっと前。五歳で亡くなった悠希はわたしの通っていた保育園で、ずっと園児たちに混じって遊んでいたらしい。幼い頃は幽霊が見える子も多少は居て、遊び相手には不自由しなかったとか。  そして、その中には幽霊に怯えてるわたしも居り、見ていられなかった悠希が守ってくれた。毎度毎度助けているといつしか悠希の中で、この子は私が守ってあげなくちゃ。この子には私が必要だ。と使命感のようなものが芽生えてきた。  敵意や、無理に距離を詰めてこなかったからか、わたしは悠希が幽霊だと分からなかった。  そうして、悠希は気付かれないからと、わたしの成長に合わせて自分の姿形も変えて、ずっといっしょに居てくれた。とのことだ。  ずっと。小学校でも。中学校でも。高校生になっても、悠希はわたしが家にいる時以外はほとんど一緒に居てくれている。  ……ずっと? 「ねえ、もしかして……」  わたしは恐る恐る疑問を口にする。 「悠希も他の人に見えてなかったりする?」 「そりゃあそうでしょ。私だって幽霊なんだから。今更どうしたのよ?」  悠希はさも当然のように、あっけらかんと言った。  そう。わたしと悠希はほとんどずっと一緒に居た。そして、悠希は他の人に見えていない。ということは、わたしは怖い幽霊に襲われている時以外でも、何も無い空中に向かって一人で話しかけているように見えていたということだ。 「わたしに友達がいないのって、悠希が原因じゃあ?」  ようやくわたしが何を言いたいのか理解したらしく、悠希は頬を引きつらせて、視線を空中に逃がした。バツの悪そうに頬を掻く。 「あー、まあ、いいじゃん。そういうのは気にしなくて」 「良くない!」 「責任取ってわたしがずっと一緒に居てあげるから」 「そうじゃなくて」 「わ、私も、一緒に、居ます……」  突然、女の子の声が割り込むように入ってきて、わたしと悠希は顔を見合わせる。  あたりを見回すと。いつのまにか福原さんが窓から覗いていた。昨日の溌剌とした態度とは打って変わって、申し訳無さそうに。ここは四階なのにお構いなしに。 「昨日はごめんなさい。もう襲ったりしないから、よかったらお友達から……」 「良かったじゃん。一人じゃないよ。また友達が増えた」 「良くない!」  それも良いかも。なんて思い始めていた自分を振り払うように、わたしは目一杯叫んだ。
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