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 熱を奪うことはできても、その逆はできなかった。だから力の加減には気を使う必要がある。ぬるくなった飲み物を冷やそうとして、シャーベットを作ってしまった回数は数えきれない。  この不可逆性は特に、意図せず力が働いてしまった際に厄介だった。驚いたときに思わず声が出てしまうのと同じように、ふとしたきっかけで無意識に力を使ってしまうことがある。  多少驚いたくらいであれば冷たい風を起こす程度で済むけれど、感情が不安定になって制御できなくなったりすると大変だ。5年前に祖父を亡くしたときなんか、僕のいる場所すべてが冷凍庫のようになってしまった。「あのときは悲しむ暇もなかった」と、ことあるごとに両親から揶揄される。親族の中でも、この力を持っているのは僕だけだった。  当然ながら、両親には力を隠して暮らすよう言われた。もともと内気で人と接することが得意では無かったため、それは学校に通い始めてからもさほど難しくはなかったが、何かの拍子で力を制御できなくなると、トイレや保健室に行くと偽って身を隠さねばならなかった。年に数回、そのような不可解な行動を繰り返しても指摘されなかったのはきっと、良くも悪くも印象に残らない地味な見た目と、口数の少ない消極的な性格の僕は、クラスで空気のような存在だったからだろう。
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