類 小学生編「メリークリスマス」

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類 小学生編「メリークリスマス」

 総受け/ショタ/本番有  ※ ※ ※  十二月二十四日。    クリスマスイブに男を買う者は少ない。  基本的に風俗関係は暇になる日だ。    本命の恋人がいる。  妻子持ちで家族と過ごす。  または、見栄を張って来ない。  ホテルが一般のカップルで埋まる事情もある。    それでも定期的に客を斡旋してくれる(さかき)は予定を組んでくれた。 〈昔の仲間がちょっと興味あるって言うから。普段、男を買うやつじゃないし慣れてないと思うけど〉  電話の口振りは何気なかったけど、きっと客が捕まらなくて、知り合いを当たってくれたんだろう。 「うん。ありがとう」  (るい)は、素直に礼を言って客との待ち合わせ場所に向かった。  ※ ※ ※    行ってみるとそこは雀荘で面食らった。  「ごめんね、こっち先約で。もうすぐ終わるから──代打ちしてみる?」    客の男は軽い感じで誘ってくる。    類は困惑した。  麻雀をしたことがない。  稼いで、食べて、身を守ることに忙しくて、遊んでいる余裕はなかったから。 「やったことなくて」  断ったが「いいよいいよ。経験経験」と席を強引に代わられる。  類は少し焦った。 「あの、これってお金とか──賭けてるんですよね?」 「気にしないで」  客は笑顔だけど否定はしない。  凄い大金が動いてたらと思うと流石に怖い。  冷や汗が出る。  どうしよう。    対面(といめん)の男が「何飲む?」と聞いてくれたので「珈琲をください」と応えた。  注文に呼んだ店員が去ると、同じ男に小声で「君はいくつなの?」と聞かれる。    類は返答に詰まった。  小学生で雀荘はたぶん駄目だろう。上背もあるし高校生と言っておこうか。  困って背後に立っている客を見た。自分を買った以上、榊から年齢を聞いているはずで。  客はちょっと笑って相手に「──この子、困らせんで」と執りなしてくれた。    (たま)に訛る語尾とアクセントから関西出身の客なのかな、と類は思った。    あがり役の一覧が載った表を借りて、見様見真似で打っていく。  要はポーカーみたいなものか。配られた牌で役を作れたらあがれる。  切る牌を迷って振り向くと客が無言でこっち、と手で示す。    何しろ類は初心者すぎて全然勝てなかった。    客が言う。 「君は今、手元の牌を集めるのだけに一生懸命だけど。君の捨て牌みたら、何を集めているか、皆にバレちゃってるよ」  ──なるほど。    手牌だけ見ていては駄目なのだ。場を。もっと広い範囲を視野に入れて。他人からの目線を想像しなくてはいけない。    そのアドバイスのおかげで振り込むようなことはなくなったけれど。    ──暫く健闘した後。  類ははじめての麻雀に頭を使って疲れたのもあり、牌に手をかけたまま眠ってしまった。    客は慣れた手つきで類を抱きあげて壁際の長椅子に横たえる。    そして、元の席に座って続きを打ちながら、携帯をスピーカーにして榊に連絡を入れた。 「ちょっと待たせちゃって。眠ってる。体調悪いのかな」 〈ああ。家で寝てると、自分や妹が父親に襲われるような環境だから。単に寝不足だろ。問題ないよ〉 「うちの実家より酷いな、あ、ロン!」    周りが「速っ」と文句を言いながら点棒を投げてよこした。    ※ ※ ※     (がく)は仲間と別れ、眠ってしまった類をホテルの部屋に運ぶ。  酒を飲んで煙草を吸いながらノートパソコンを広げ仕事をしていると、類が目を醒ました。    すぐ状況が飲み込めたようで「ごめんなさい!」と全力で謝ってくる。  雀荘で焦ったり動揺していた様子といい、くるくる表情が変わる。  子供らしくていいなと思った。    ホテルのローブを渡してシャワー使っといで、と送りだす。 「何かこれ、ふわふわでくすぐったい」  類がローブを両手でぐしゃぐしゃ触りながら口を尖らせる。 「高級品だからじゃない」と返したら「悪かったね貧乏人で」と軽く睨まれた。   生意気で可愛い。    シャワーからでてくると、真っ直ぐ岳に近寄って「一口ちょうだい」とビールをあおる。    濡れた黒髪。  横目でこちらを見る黒目がちな瞳。    未知の雀荘で狼狽(うろた)えていたときと違い、ホテルは使い馴れているのだろう。  落ち着いている。   「酒、飲めるの」 「煙草も吸えるよ」    急になんだか大人のようで扱いに困る。    類がベッドの(ふち)に腰かけて、くすぐったいと言っていたローブを脱ごうとする。 「これ、やっぱ、むりっ」  その声と仕草は無邪気で、なんだやっぱり子供じゃないかと安心した。    揶揄(からか)ってみたくなって脱ぎかけたローブごとベッドに押し倒す。  腰のあたりを掴んでやると、ローブが躰と擦れるのだろう。くすぐったがって躰をよじる。   「ひゃ、やっ、やだ、あはっ、ん、や」    反応が子供らしくて可愛い。  そのまま脇に指を入れてくすぐると、真っ赤な顔を左右に振って笑った。   「やめっ、ぁはは、やだ、だめっ──」    暴れすぎて危うくベッドから転げ落ちそうになる。 「危なっ」  岳が慌てて抱きとめた。    顔が近い。  類の瞳が潤んでいた。 「やりすぎた、ごめん」と謝ると、類は「もうっ」と頬を膨らませてローブを岳の肩あたりに投げつける。  それは軽い衝撃で、たいして気を悪くしたわけでもなさそうだ。    全裸になった類は片膝を立ててベッドの端に座っている。  岳は類の頭をぐしゃぐしゃに撫でてから、ベッドの上に紙袋を乗せた。  中には色取取(いろとりどり)の容器や玩具が詰まっている。 「男の子相手ってわかんなくて。知り合いの風俗嬢に訊いたら持たせてくれたんだけど、これで足りる? 余ったものは君にあげる」    類は、そこから一般的なローションをひとつ手に取って応えた。 「うん。足りるよ。滑って体内に入っても大丈夫なもんなら何でもいける」 「そう。良かった」    空中に容器を投げて手遊びをしながら類が言う。 「何にも用意してない客の家とか、台所からバターとかオリーブ油とか借りるもん」    ──食べ物の使い道としてどうかと思うが。    岳はそれを口に出さずに、主導権を類に渡した。 「君が楽なようにしていいよ。ちょっと興味本位なだけだから。正直、君が脱いだら思ったより華奢だったから壊しそうで怖い」    類は、ちょっとむっとして「結構、躰鍛えてるよ、俺」と言ったが、岳が脱いでみせると、体格の違いに口を閉じた。    類が岳の胸にある大きな古疵を触りながら囁く。 「座ってもらって、俺が自分でいれれば一番楽。苦しくないように調整できるから」     類は慣れていた。  岳のものは、勝手に弄られて、そのまま類の後孔に飲みこまれていく。    奥まで岳を受けいれた類は喉をのけぞらせて、あぁ──と(かす)かな吐息が漏らした。  弧を描く艶やかな黒髪。  黒目がちの瞳はぬばたまのよう。  岳は、その姿を目を細めて眺めている。    綺麗で不思議な生き物。  透き通って血管の浮かぶ白い肌が玉のような汗を弾く。  まだ、男というほど、ちゃんと成長しきってない。  細いが筋肉のついたしなやかな躰は猫科の獣に似ている。   「ふ、ぁ──」    中性的な声。  耐えながら震える切なそうな表情が色っぽい。    ──これ、ハマるやつはハマるだろうな。    岳の膝の上の類が、切羽詰まってきて痙攣しだす。それは不自然ではなかった。  でも片手で口元を覆って「ぁ──」と出した声はうそだと思えた。   「いいよ。普通にしてて。言われるのかな。無理に声いらないよ」    類が緊張して躰を強張らせたのがわかった。 「別に怒らないよ。大丈夫」    それまで一方的に動くのを見守っていた岳は、類の背中に片手を伸ばして抱き寄せた。    中での角度が変わって類が「んッ、ぁ」と小さい悲鳴をあげる。   「こっちから動いたら痛い?」 「──一旦、抜いたりしなければ、平気」 「そう」    類の背中をゆっくり支えてベッドに倒した。  そのまま組み敷いて腰を押しつけると類が「ぐッ」と苦しそうに喘いだ。 「奥は苦しいの?」 「平気──すきに、うごいて。俺は、だいじょうぶ」 「わかんないからさ。教えて。あんまり苦しそうなのは気が引けるよ」  類の瞳を覗きこむと応えるのを迷ってるようで。  浅い部分を緩く探りながら返答を待っていると、急に慌てたように類が言った。 「ぁあ、待っ──、てっ」 「──うん、待つけど」 「違っ、ぅあ」 「え」    類はシーツを千切れるほど掴んできつく目を閉じて震えている。  真っ赤な顔。肩で息をして首筋には汗が流れる。 「んッ、やっ──、そこで、とまらな、いでっ」    岳は意味を理解した。  堪えている類を可愛いな、と思って見下ろす。  なんならちょっと笑いそうになる。    子供だなあ。  わかりやすい。    そのまま同じ箇所を狙うと背中が何度も跳ねて乱れた。   「やっ、ぅあ、ぁ、ぁ──」    ぎゅうぎゅうとシーツを掴む手を一層握りしめて、全身を震わせている。  涙がぽろぽろ頬を伝う。  でも、そのうち岳が腰を使っても、類の声はでなくなった。  心配になるくらい息を詰めている。    軽く手首を押さえて脈を一応みるが問題はなさそうだ。    そのまま痙攣を何度かしてやっと大きく息を吐いた。    岳がタイミングを合わせて中で吐き出すと、類はさらに小さく痙攣を繰り返した。    この子か。  榊の気にしている。  静かにいく子。  玩具だったか、電流だったかで、滅茶苦茶にされた子。  本人は覚えていることなのだろうか。  ──普通に見えるけれど。    人工飼育による情動変化の実験は、マウスだったか猿だったか。  少なくとも倫理的に人間で実験はできないだろう。  ──普通は。    ※ ※ ※   「十日分を払うから、そのぶん、君は休み」  帰り支度をしながら客が言う。    やっぱり関西の人なのだと類は考える。偶に方言が混じる。  休み、は、休みなさい、の意味なのだろう。    まだ躰を起こせない類の顔を見ながら岳は真面目に続ける。   「この仕事は、だいぶ躰に負担だと思う。いくら若くても。サンタさんからクリスマスプレゼントをあげるから、十日間、休み」    クリスマスプレゼントなんて言葉にびっくりして類は目を見開いて固まった。  うれしい。  すごくうれしい。  自分の躰を心配してくれる大人がいるなんて。   「あと、君は凄く綺麗だし、色っぽいし。君に非はないんだけど。やっぱり同じくらいの弟がいるからか、後ろめたい気分になっちゃって。もう会えないと思う」    ──もう会えない。  類は急にがっかりした。 「麻雀は? もう遊んでくれない?」   「正直に言うと俺は依存しやすいから。ギャンブルとか酒とか。君にも中毒性ありそうで深入りする前に手を引きたいんだよね」    類は、お前は要らない、と言われた気がして俯く。 「何度も言うけど君に非はないよ」  重ねて岳は申し訳なさそうに言ったが、類は傷ついた顔をした。  大人は皆、自分をほしがるから、拒絶されたことに動揺する。   「いやだ──」  類が、岳の口に自分のくちびるを寄せる。  類は自分でくちづけは得意だと思っているから。  でも()ねつけられた。 「やめなさい」    類は岳の上着を掴む。  必死にに引きとめようとする。   「いや。おかね、いらないから」  岳は、類がそんなことまで言うのを不憫に思った。けれど岳には不登校で手のかかる弟がいる。  一人で手一杯だ。   「今、君は正常な判断できてないよ。もう会えない、これっきりっていう、期間限定みたいな言葉に引っ張られてるだけ。解る?」 「わかん、ない」   「もう少し大人になったら解るよ。聞き分けなさい」 「いや」 「躰を引きとめる手段に使うのもやめなさい」 「──わかんない」    して。  痛くして。  少しでも優しくしてくれた人を。  忘れたくない。    ──こんな兄がいたら良かったのに。    その弟が羨ましい。    きっと、これから、この客はプレゼントとケーキを弟に買って帰るのだろう。  そんなことは許せない。    ※ ※ ※   「もう会わないっていうなら、俺、警察行くよ。小学生とヤったんだ。今、俺の躰調べたら、あんたの体液証拠になるんじゃない?」    類は瞳を爛々(らんらん)と燃やして岳を睨んだ。    ──この子は自分を怒らせようと意図している。    岳は、対応を迷った。  この子は、とにかく、殴られようが蹴られようが犯されようが、何でもいいから、今、この時、構っていてほしいのだ。  自分に関心を惹きたい。    会って数時間で何故そんなに自分が執着されるのかわからない。    知らない遊びを教えたから?  躰を気づかったプレゼントをあげたから?    ──失敗だった。    野良猫に餌だけやるような真似をしてしまった。  保護してあげられないなら中途半端で残酷だ。    そういえば榊も、なるべく相手にしてないと言ったか。こうなることが予想できていたんだろう。    岳の正直な気持ちを言えば諦めてほしい。    めちゃくちゃ可愛がってやったら満足して離れてくれるのだろうか。  それともひどく嫌われたほうが二度と会わないと離れてくれるだろうか。    判断に迷うが、とりあえず、脅すのは良くないということだけは教えておかないと類の今後にまずいと思った。    ──せめて人を見て脅せ。    紙袋にローションとともに入っていた小さなローター。  岳は、それを取り出して自分の手のひらに乗せた。類の顔色がみるみる変わる。   「いやだ。それ、いやだ。音も、いや」    類は首を振りながら壁際まで後ずさりした。  こんなに小さなものなのに。    首を捕まえてベッド上に倒す。  悲鳴をあげるかと思ったが、躰が竦んで動けないようで、それこそ子猫のようにおとなしく首元を捕まえられている。    手を引いてローターを一緒に触らせた。途端、類の躰が震えた。歯の奥が、がちがち鳴る。 「高所恐怖症は、高い所から落ちたら死ぬけど。先端恐怖症は刺されたら死ぬかな──これ、別にどうやっても死なないでしょ? 怖くないはずだよ」    優しく諭すが手を引っ込めようと怯えている。  ローターを急所に軽くあてる。スイッチは入れてないが、類はパニックになった。   「や゛だあぁぁぁ──!」    手足をばたつかせてベッドから逃げようと(もが)いた。    もう一度首を掴んでこちらを向かせた。  安心させようと声音を変える。 「ただの脅し。君に玩具使ったりしないよ。お互い脅したんだからこれで御相子(おあいこ)」    類は、パニックになった自分を落ち着けようと両手で自分を抱きしめている。  岳には、それが心細い哀れな様に見えて胸が痛んだ。    こういうところがよくないのだろうが、岳はこれで最後だろうしと部屋を出る前に類に声をかけた。   「もう、行くけど。今できる簡単なことなら、何かひとつしてあげるよ」  類から意外な応えがあった。  即答だった。 「俺も、その胸の疵ほしい。つけて」 「馬鹿か。死ぬよ」 「生きてるじゃん」 「結果的にな。──他にないの」    類は俯いたまま言った。 「──人肌がほしい」    子供がそんな言葉を使うなんて。  クリスマスなのに。    岳はベッドの上で自分のシャツをくつろげて、類を抱きこんだ。  胸の疵が、余程気に入ったようで触ったり舐めたりしてくる。 「おとなしく、しとき」  執りなすと、心音を聞くように頬をぴったり寄せて動かなくなった。  やはり躰に負担をかける仕事だし本人が思うより疲労がたまっているのだろう。    やがて眠った類にそっと毛布をかけ部屋を出た。  紙袋を枕元に置いて。    ※ ※ ※   「会って数時間であんなに執着してくるのはやっぱり変だな。玩具の怖がり方もおかしいし」  榊に退室の報告を入れた。   〈事故、だったんだけどね。人災かな〉 「何やったの」 〈お前に言える範囲で説明するなら、治験みたいな研究があって。子供を隔離して人間と徹底的に接触させない。見せもしない〉   「人道的に駄目だろ」   〈表には出せないデータだけど欲しがる機関は結構ある〉 「それは親が金を受け取るの。最低」   〈そうだね。で、その職員の中に、性癖がまずいのがいた──訳だ〉   「子供すきってこと?」   〈そう。だからこっちも被害者だよ。雇った者の内に犯罪者が紛れてたわけだし。──でも、そいつ、子供に手を出すときも、研究のルールは守った。姿を見せず、直接触らなかった〉   「子供は余計怖いだろうよ。期間は?」   〈小学校にあがってる子らは、最長で夏休みいっぱい。学校は行かないとね。──人道的だろ〉   「どこがだよ。一箇月以上、好きにされ放題じゃんか」 〈それだけではないのかもしれないけどな。そもそも類の親がクズだし。原因の切り分けはむずかしい〉   「本人、覚えてるの」 〈もういいだろ。終わったことだし。これ以上、情をかけんな〉    「──悪い。俺の連絡先のメモ置いてきた」   〈馬鹿か〉 「寝顔見てたら可哀想で──枕元の紙袋の中に」      小さな紙片。  類がそれに気づくかはわからないけれど。  せずにはいられなかった。    ※ ※ ※    ホテルの部屋で目が覚めたら誰もいなかった。    眠りに落ちるとき、きっと起きたら一人だ、とは思った。  でも、もしかしたらまだいてくれるかもしれないという期待も少しだけ捨てられなかった。    今頃、弟と一緒にいるのだろうか。  横向きの体勢だったから涙が流れて耳に入ったけど、もうどうでもよくてそのままベッドの上で息だけしていた。    ドアの開く音がして、ホテルの人かと全裸の躰を毛布で隠したら、榊だった。    斡旋してくれるときは、いつも電話連絡だけで、報酬も月末に纏めて渡されるから、直に会うことは滅多にない。  だから、今月ははじめて顔を見た。  人恋しくて目の前の榊に(すが)ってしまう。  今きっと自分はおかしい。 「──ちょうだい。だいて」 「いきなり、何だよ。子供すきじゃないんだって」 「ほしい。さわって」    榊は類を毛布の中からひょいと引っ張りだした。 「中を放っておくなよ。脚開け」  さっきの客の痕跡を消されたくなくて拒んでいたら、背中から抱きとめられ片脚を無理矢理開かされた。  ぬ、と指がはいって中を掻き出される。 「んっ──、ぁ」  (ひだ)が擦れて躰が強張る。  どろりと引き出された白い体液。    ──これ持って帰ってとっとけないかな。    思い出してまたつらくなった。    指先はいつまでも中を這い回って、処理が終わってもそのまま弄られている。  躰が反応をはじめて類は焦った。 「何、いつまでも触って」 「頂戴、触ってって自分で言ったじゃん。寂しいんでしょ」 「──、ぅ」  そうだけど。    背中に当たっている榊のものは反応していない。後ろ手に触れたら、あやすようにそこから離された。指も抜かれる。  喪失感に、また涙が出そうになった。 「俺、魅力ない?」 「お前は、よくしてもらって、うれしかったんだろうけど。だからって躰で繋がるのはおかしいの。年長者に甘えたいんだろうけど、手段がおかしい」   「わからない。寂しい、抱いて。一度だけでいいから。今日は本当に無理──」 「そういう無理って日は、この先だってあるだろ。駄目。きりがない」 「もう言わないから。お願い」    長いこと類の顔を見つめて榊がゆっくり諭す。 「人間関係は、片方が断ったらそこまでなんだよ。相手が引いたら、自分も引け。じゃないとただのストーカーだろうが」    類は考えている。  でもどうしても今日は構ってほしい。  榊が急かす。 「シャワー浴びて服着ろ。部屋出るぞ」  類は納得できていない。 「いや、だいて。ほしい」    榊が声を大きくする。 「そもそも、お前、今、ヤりたいわけじゃないだろ。甘えたいだけだよ。混同すんな」   「じゃあ、甘えさせて」 「子供すきじゃないんだって。引けよ。人の話を聞け」 「いて。ここにいて」  「引けって。相手が引いたら無理強いするな。距離感がおかしいままだと将来困るぞ」    類は泣く一歩前の顔で榊を睨んだ。  こんなに一生懸命伝えてるのに叶わないなんて。 「さっさとシャワー浴びてこい」  榊の冷たい声は揺らがない。  にべもない。    榊の強い態度に、類はもう期待しても無駄なんだと諦めた。    ふらふらと浴室に向かおうとしたら榊に腕を掴まれる。 「できたじゃん」 「え」   「僕が引いたから諦めたでしょ。それでいいの。執着しないのが正解」    よくわからない。  むずかしい。   「相手が引いて、こっちも引いたら、また向こうから誘ってもらえることもある。でも、いやだいやだって縋りついたら誰とも上手くいかないよ」   「いて。ここにいて」 「今後も相手が引いたら、引けるな? 追わないと約束しろ」 「──うん」 「なら、いいよ。今日だけだよ。本当に子供すきじゃないから」 「うん」       榊は、岳の残していった紙袋を取りあげて中身を見る。  岳のメモを、類にわからないよう自分のポケットに入れた。   「あいつ、マットヘルス寄ってきたな」  類が知らないから使わなかったタイプのローションを取りあげる。   「これ希釈(きしゃく)すんの。なんで原液なんて持ってきたんだよ。あいつたまにボケなんだよな」    ホテルのポットでお湯を沸かしながら、ベッドの上の毛布をどかす。   「少しくらいならいいけど、ローション多めに使うときは、なるべくどけな。清掃の人が大変だから」 「──うん」    榊が構ってくれるようなので類はおとなしく返事をした。    おいで、とベッドに呼ばれて、お湯で溶かれた温かいローションを胸から脇にかけて塗られる。  榊の手は大きいな、と思う。  そのまま液体は下半身まで垂れていく。とろみが恥部を伝う感覚にぞくりと身震いした。    類は、まだ後孔以外にローションを使った経験はない。  液体(まみ)れの乳首に榊の指先があたると高い声が出た。   「んっ──、くすぐったい」    類が身じろぎしたのを気に入ったのか、榊は乳首を掠めながら胸元を撫でくりまわしてくる。   「や、くすぐったいってば、んんっ──離して!」    類は、榊の指先から逃げようと腕で胸元を庇う。  空いている脇腹をとろとろとした液体ごと撫で上げられると躰が震えた。   「んっ、へんな、かんじ」  似た感触が思い当らなくてうまく言えないが、苦手だと思った。 「滑って摩擦は減るからな。優しくて子供向けだろ」    榊に、ローションがついたままの指を口にいれられて驚いて避けようとする。 「やっ、何、んん──」 「口に入っても大丈夫。もとは海藻だから」  そう言いながら榊は、類の片腕を掴んで上げさせ、ローション塗れになっている脇をぺろりと舐めてみせた。   「──ッ、ぅ」    躰がびくんと跳ねる。  類は反射的に脇を閉じた。    いつも客は客だから。  知り合いに触られて反応するのは何だか恥ずかしい。    および腰になる類を無視して榊は服を脱ぎ、類と向かい合うように横になった。    そのまま腰を抱かれる。  二人の間で、ローションを纏ったお互いのものが擦れた。   「え、やだ! これ、むりっ」    類は焦って腰を引く。 「ちょっと、これ、やなんだけどっ」  なんだか凄く恥ずかしい。  自分の顔が熱るのがわかる。   「反応が面白いんだけど」  榊が小さく笑いながら、端正な指先にローションを纏わせ、類の陰嚢を擦り上げた。  変に優しい刺激に腰が抜けそうになる。   「やだっ、待って!」    焦って榊の手をどかそうとしても、ぬめってうまくいかない。  会陰を何度もとろとろと往復され、股の間がじわじわ熱を帯びてきた。   「待って、だめっ──榊!」    慌てる類を榊は楽しそうに眺めている。  類は、榊の指先が陰茎に触れてくるともう耐えきれずに脚をばたつかせて暴れた。   「やめっ、いやだ、おねがい、離してっ──」    ぬるぬると類のものが擦り上げられる。  液体が先端の尿道口を撫でる感触に背中が反り返った。    やばい、と思ったが絶頂から逃れられなかった。   「──ッ」    ローションに白濁の体液が混じり合う。  恥ずかしくて真っ赤になっている類を榊は愉快そうに揶揄った。 「早すぎない?」 「だって! これ、やだ、むりっ──」 「少しは堪えて解放したほうが気持ちいいでしょ。まだ無理? コントロール効かないか」  笑いながら榊が類の先端を指でつつくと、ちゅ、と湿った音がした。 「あ、今むりっ──」    類の抗議を無視して、榊は二つまとめて緩く握ると上下に扱いた。お互いのものがあたる。 「や、むりだって! まじで! んんっ──」 「同じことになってるんだから、同じ刺激がきてると思うけど。子供だから過敏なのかな」 「こっちは一回イってんだって! 見てたくせに」    余裕のない類の様子を横目で楽しみながら榊は、また先端を指先で弄った。   「こっちのほうが感じてたかな」  ちゅ、ちゅ、とぬかるみのような音が耳を犯す。   「やっ、だめっ、まじで、んん──」    類の全身に力が入っている。脚が震える。  それを見計らったように榊は類の陰茎を口に含んだ。  全く躊躇せずに。    驚きと生暖かい感触に、類の腰が逃げベッドがぎしぎし鳴る。   「ちょっ、やめ、だめっ」    舌で優しく先端をつつかれる。  類が首を振って抵抗する。  びくびく腰が浮く。   「でる、から、や、離してっ、まじでっ──」    さすがに榊の口にだすのは恥ずかしすぎて無理で。  変な味がしたらどうしよう。自意識が抵抗する。  先端をしつこいほど刺激されて乱れる。   「やだっ、ほんとに、でる、まじでっ──離せよ、ばかっ」    咥えられたまま、太ももの内側を撫でられて脚の震えが、がくがくと止まらない。  榊に口でされてるところなんて正視できなくて。  ぎゅっと瞑った目から涙がぽろぽろ溢れた。   「あぁ、やだぁぁぁ、離せって、やめっ、だめ、あぁぁ」    だんだん手があがってきて脚の付け根を、ぬるっとした液体ごしになぞられる。   「──ッ、ぁ──」    声が途切れた。  息だけが荒い。  榊の口内で類のものが快感に震えている。  くちびるでゆっくり上下に擦り上げられると、類は、息を詰めて身悶えながらシーツを破れそうなくらい掴んだ。    ──絶対やだ。    そう思ったのに、躰ががくんと大きく反って、もう白濁液が溢れるのをとめられなかった。  荒い息を整えながら真っ赤な顔を両手で隠す。  指の隙間から口を拭っている榊が見えた。 「ごめん、なさい──」  謝ると榊は声をたてて笑いながら「面白がってやっただけだよ」と言って、さらに触ってこようとした。 「ゃ、やめ、今、むりっ、本当に、無理だからっ」  榊の腕を押さえつけてとめる。 「もう、良いなら良いけど。今日だけだって言ったよね」    ──あ。  類は固まった。   「もう二度とするつもりはないよ。ここでやめてもいいし、いれてほしいならいれるし、他にしてほしいことがあればしてあげる」    寂しかったから。  いてくれたら良くて。  ──してほしいことなんて。  類は考える。   「僕にいれてみたいならそれでも良いよ。それくらい小さければ入るだろ」  いれてだしても、類には、自分に何も残らないように思える。    だしてもらっても、ずっと残るわけはないけれど。    疵がほしいって言っても、さっきの客みたいに馬鹿って返されるだけだろう。   「──いれて」    ※ ※ ※    類が思ったより簡単に機嫌を直してくれて良かった。    駅直結のホテルを出ると新宿の街はクリスマス一色で。  家族連れから目を逸らす類を見ると、ポケットに入れた岳のメモを渡そうか、捨てようか、決心がつけられない。   「榊も麻雀できるの?」    ふいに訊かれて心臓が跳ねた。表には出さないが。 「できるけど一番になれなかったからやめた」    類が目だけでこちらを伺う。 「──今日のお客さんが一番なの?」   「──そう。昔ね」  襤褸(ぼろ)を出さないよう短く応える。 「もう、会えないのかな」  なかなか引き下がらない。  ──メモに気づいている、とも思えない。   「今は無理だろうけど、将来、ちゃんと、学校行って、就職して、その上でまた麻雀でもしたいなら会ってくれるかもよ。普通に友達としてならね」    それまで機嫌よく見えていた類が、みるみる涙を溜めて榊を睨んだ。 「うそつき! 子供だから適当にかわしとけばいいと思ってんだろ!」    榊は、往来で泣かれるのも面倒なので駅ビルに続く階段脇に、類の手を引いて連れこんだ。    本当に、今日に限って、この子は特に──情緒不安定だ。  クリスマスの所為(せい)なのだろうか。    榊は心の中で白旗を()げて「今日の客から」とメモを類に渡した。  走り書きされているのは十一桁の番号と。    ──何かあれば一度だけ助けるから連絡して。岳    類は一瞬、目を見張った後、うれしくてうれしくて大粒の綺麗な涙をぽろぽろ溢した。    お守りのようにメモを胸に抱いて。  たった一度だけれど。  拒否されなかった。  その事実がうれしいのだろう。  こんなによろこぶなら渡すところを岳に見せてやりたかったな──と榊は思った。    涙を袖で拭きながら榊に訊いてくる。 「麻雀、上手になってたら褒めてくれるかな」 「そりゃあ、喜ぶと思うよ」 「麻雀牌買ってくれる?」    榊は首をすくめる。  今日は愛情の大安売りだ。   「──いいよ」    家電量販店でプレゼント用だと告げると、絵に描いたようなクリスマスの赤と緑の包装紙で飾られて。  大きなリボンをかけられて。    類はそれをぎゅっとうれしそうに両手で抱えてやっと──笑った。  了
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