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 照りつける太陽の下、三人でビーチサンダルで海岸まで歩いた。  浜辺が見えてくると、テントを張ってバーベキューをしているにぎやかな人たちがいた。  叔父さんと一成が親しげに挨拶を交わし、私を紹介してくれた。叔父さんの学生時代の仲間が中心に集まった中で、年が若いのは私と一成だけ。一成は子供の頃から顔を出していたようで、みんなにかわいがられていた。 「てっきり美月ちゃんは一成がアメリカから連れて帰ってきたガールフレンドかと思ったよ」  そう茶化されて一成は「美月に迷惑だよ」と照れて焦っていたけれど、私は悪い気はしなかった。もし、この人達に私が一成の彼女だと紹介されて、これからも遊びにこれるようになったらどんなにいいだろう。そう思う自分に気づいた時には、私はもう恋に落ちていた。  深い海に落ちてゆく夢を見た。  仰向けになって体の力は抜けて、ゆっくり沈んでゆく。    海面の太陽の光がまばゆい。それがだんだん遠のいてゆく。  最初は明るい藍色の世界に包まれていた。息苦しさも感じて、そろそろ海の上に出て空気が吸いたいと思う。でも、落ちてゆくほどに海面は遠く、戻りたくても戻れない。その頃には太陽の光はとどかなくて周りは真っ暗。  不思議と息苦しさは感じなくなっていた。どこまでもどこまでも体は落ちてゆく。やがてグランブルーの世界に到達する。  神聖な誰にも犯されていない無垢な蒼い世界へ——。  翌朝、海に行くと一成が海にいた。彼は私を見つけると、沖からサーフボードを抱えて波打ち際に歩いてくる。 「泳がないの?」  一成が白い歯を見せて笑う。  人を好きになると、世界が違って見える。  高校生の時、初めてつき合った人にも同じ情熱を覚えた。でも、彼の情熱は長続きしなくて私はすぐに振られてしまった。それ以来、本気で人を好きになるのはやめようと思った。  一成に心がひかれていく一方で一成を好きになることを強く拒絶する自分がいる。 「一成は海でおぼれたことある?」 「あるよ。子供の頃に一度ね」 「苦しかった?」 「それが不思議とそうでもないんだ。最初は苦しくてもがいてたんだけど、そのうち意識が遠くなって苦しさを通り越すっていうのかな。だんだん苦しさの感覚が麻痺してふわーって感じになるんだ」 「わかる気がする」 「美月もおぼれたことがあるの?」 「ないけど……」 「じゃあなんでわかるのさ」  一成が苦笑した。 「美月」ふいに一成が海の方を向いたまま真剣な顔をした。「あのさ、僕、三日後にアメリカに帰るんだ」  どきりとした。 「まだ夏休みは残ってるでしょう?」 「うん。でも母親が今、親父と離婚して向こうにいるんだ。だからそっちにも顔を見せなくちゃいけなくて。それで」  一成は決心をしたように大きく息を吐いてから言った。 「それで、好きな子に告白しようと思う」  波の砕ける音がやけに大きく聴こえた。 「前に、好きな子はいるかって聞いただろ。いるんだ。その子にダメもとで告白してからアメリカに帰ろうと思う。決めたんだ」  今、告白したわけでもないのに、一成は緊張していた。 「千夏ちゃんだね……」  私がため息をもらすように言うと一成は驚いて「どうしてわかったの」と振り向いた。  わかるよ。そして彼女に告白した後の答えも。女同士だからこそ痛いほどわかる。彼女のような子は、一成のような純朴なタイプを好きになる子じゃないことも。  私は言葉に迷った。うまくいかないとわかっていて、告白を勇気づけるのは失恋の傷を大きくするだけ。嘘はつきたくなかったし、一成には傷ついてほしくなかった。 「明日の夜、叔父さんが僕の送別会をしてくれるって言うんだ。千夏も来るから、その時に告白しようと思う」  一成の真剣な目は私に「がんばってね」の後押しの言葉を期待している。私はまっすぐ一成の目を見て言った。 「想いが通じるといいね」
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