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 ちょうど世間がお盆休みに入る頃、ユイが彼氏のマークと一緒に来た。  荷物を運ぶのを手伝い、車に乗ってお酒をたくさん買い込み、ユイがいくつかの店に電話してケータリングを注文し、ネットで友達にパーティをすると呼びかける。  夕方にはホテルのシェフらしき人が料理をリビングに運び込み、テーブルセッティングまでして帰っていく。そしてユイの友達がぞろぞろとやってきて、マークが音楽を流し、あっという間にパーティが始まった。  ユイの友達はほとんどがギャルだった。女の子はたいてい黒く日焼けしていて、化粧が濃く、露出の多い格好をしている。  昨日までの優雅で静かな生活があっという間に一変したけれど、私は馴れていた。ユイの周りはいつでも賑やかで華やかになる。  カタコトの日本語を喋るマークと話していた私は、マークが他の人のところに行くと一人になった。一人になると私は料理に手を伸ばした。ペンネグラタン、真鯛のマリネをお皿に盛って食べているとマークが知らない男の子を連れてもどってきた。 「イッセイ」  酔ったマークはそう言ってから英語で何か説明していたけど、遠くからユイに呼ばれるとすぐに行ってしまった。音楽と話し声の喧騒に包まれた部屋の中で、私たちは気まずくなった。   「マークの友達?」  そう訊くと彼がはにかみながら答えた。 「うん。マークとはアメリカの大学で知り合ったんだ。君は?」 「私はユイの友達。大学生の時、同じサークルで。先月末に会社を辞めて、昨日までこの別荘で一人居候してたの」 「そうなんだ。僕はまだアメリカにいるんだけど、休みでこっちに帰ってて。叔父の別荘に泊めてもらって毎朝サーフィンをしてたらマークに晩飯に誘われて、来てみたらパーティやっててさ。驚いたよ」  どうりで他の男の子たちと様子が違うわけだ。外見こそ日焼けした他の男の子と変わらないけれど、どこか彼だけは生真面目さが感じられて、他の男の子の仲間ではないのが一目でわかった。視線が女の子を追っていない。 「私も朝は海で泳いでいたから、海で会ってたかもね。ランチはたいていその辺のお店で食べてたし」 「コリーナとか?」 「そう!あなたも行ってたの?」 「毎日さ」  彼は白い歯を見せて笑った。『コリーナ』はイタリア人のコリーナさんが開いている小さなイタリアンのお店。地元では美味しくて有名で、と会話に花がさき一気に距離が縮まった。  私の目線の高さにちょうど彼の肩があった。半そでの青いTシャツから日に焼けたほどよく筋肉のついた腕が伸びていた。顔立ちや表情にはどこかまだ幼さが残っていて、高校野球児を思わせた。 「マークが言っていた“イッセイ”って何のことかわかる?マークの英語が早すぎて聞き取れなくて」 「ああ、イッセイは僕の名前だよ。漢数字の一に成るって書いて、“一成”って読むんだ。マークは僕のこと紹介してくれてたんだ。確かに酔ってたから何言ってるのか聞き取りつらかったね。君の名前は?」 「私は美しい月と書いて美月(ミツキ)」 「美月、何か飲む?今、海の家でバイトしてるからカクテルも作れるよ」 「じゃあ、マンゴービールがいいな」 「マンゴービール?」 「ビールをマンゴージュースで割るの」 「へえ。レッドアイみたいなもんか。オッケイ、待ってて」  そういうと彼は人混みをすり抜けキッチンの方へと行った。一成の仕草や会話のテンポはどこか日本人離れしていて、私には心地良く感じた。話すほどに力が抜けていく。まるで海の中にいる気分。重力から解放された体が波に揺られるように。  それから一成とずっと二人で飲んでいた。アメリカでの生活のこと、ベジタリアンの友達の家でクリスマスパーティをした時のこと、アラスカに行ってオーロラを見たときのこと。  十一時前にはユイの家でのパーティはお開きになった。別のバーで二次会のためみんなが家を出たので、私と一成も家を出た。みんなとは離れ、こっそり別のお店にいくカップルもいたけれど、誰も気にしない。一成から 「このままみんなと一緒に二次会に行く?」と訊かれたので「一成は?」と訊き返した。 「明日の朝、波に乗りに行くから今日はもう帰るよ」 「じゃあ、酔い醒ましに海岸を散歩してから帰らない?」 「いいね」一成が屈託なく笑う。  国道を横切り、海岸に降り二人で夜の波打ち際をゆっくり歩いた。波の音が穏やかに聞こえ、昼の熱気が残る大気は暖かい。  月のきれいな夜だった。 「一成はアメリカに彼女いるの?」  少し前を歩く一成の背に訊いた。 「いないよ」  一成が海の方を見ながら言った。少し笑った穏やかな顔が月明かりで見えた。 「じゃあ好きな人は?」  一成は答えなかった。海を見ていた横顔を下に向けてしまい、表情は分からなかった。  波の音が二人の無言の間に入った。一成は少し歩いてから振り向き、「そうだ、明後日、ヨットに乗らない?」唐突にそう言った。 「ヨット?」  私が訊き返すと、一成は私の隣に来て言った。 「うん。叔父がディンギーっていう四人乗りのヨットを持っていて、明後日天気が良かったら乗るんだ。それでその後、バーベキューをするんだけど、一緒にどうかな。すぐ近くのマリーナなんだけど」 「私が行っていいの?」 「みんな気さくな人達だから楽しいよ」 「行こう、かな」 「じゃあ明後日十時にマリーナの入り口に来て。マリーナ前のバス停で降りればすぐ目の前だから。待ってるよ」  そうして私たちは夜の散歩を終えて別れた。
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