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6
明後日の朝、ユイたちを起こさないよう、いつものようにそっと玄関を開け海に向かって歩いた。
朝日はまだ上っていないのに空は明るく強烈な熱気が肌にまとわりつく。今日も暑くなる。浜辺に降りると、すぐに一成を見つけた。朝焼けの方を向いていたので黒いシルエットしか見えなかったけれど、私には一目で一成だとわかった。
今日の彼はサーフボードを持っていなかった。膝上まで海に入り、ただ、佇んでいた。
朝焼けが悲しいくらいきれい。
彼はたぶんまだ泣いていない。大きな痛みはすぐには自分でもわからない。少し時間を置いてやってくる。でもいずれ泣く。傷から血が溢れるように、感情が溢れ出すにちがいない。今は傷を負った刹那の空白。
私は高校生の時の失恋を思い出していた。あの痛みをもう味わいたくなくて、あの日以来、人を本気で好きになることが怖かった。
明るさを増した砂浜に波が寄せては返す。私はしゃがんで砂浜に指で文字を書いた。
一成がゆっくりと振り返り、私に気付く。うつむきながら、照れたように私のところへと歩いてくる。
「ダメだったよ」
最初会った時のように一成は照れくさそうに笑った。
「大丈夫?」と訊くと一成は言った。
「今は大丈夫じゃない」
そして振り返り海を見つめた。
「でもいつか大丈夫になる」
好きな人が傷つく姿が切なくて。
「一成」
一成が呼びかけた私を見る。私は微笑みながら砂浜を指差した。さっき私が書いた砂文字に、一成が目を見開く。
"I LOVE YOU "
たとえあなたの好きな人に想いが通じなくても、あなたを大切に想う人がいる。それを伝えたくて。
たとえまた傷つくとしても。
波が砂の文字をさらってゆく。
「読めた?もう一回書こうか?」
「……いや、大丈夫」
一成が照れて海の向こうに顔を向ける。
彼の心から笑った顔がまた見たいから——。
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