シンプソン夫人とメイド達

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シンプソン夫人とメイド達

 その貴婦人は、黒のドレスをシックに着こなし、年齢は30代か、40代か。  知的な顔立ちをしている彼女は、小さなノートを広げ、独り言を呟いていた。 「『さりげなく息ぴったりに歩く2人……令息の想いは溢れ出ていて、隠すことはできていない。しかし、この麗しの騎士はその想いに気づくことはなく……』こんな感じかしら。はぁ、ロマンティックですわ……」  黒のドレスの貴婦人は、はぁ、ともう一度ため息をつくと、ノートをぱたん、と閉じて、小脇に抱えた。  はらりと顔に落ちかかった栗色の髪をそっと耳の後ろへと撫でつける。  そんな仕草も美しい。  貴婦人の頭の中では、ある意味、妄想が炸裂しているのだが。  長い金髪巻毛を首の後ろできっちり結び、きりっと騎士服を着た男装のジリアン。  一方、王女の好まれるブルー系のジャケットで装った、さわやかなウィリアム。  並んで歩いているだけで人目を引く2人は、いつもと同じように美しかった。  そんな2人の様子を、静かに見守る貴婦人には気づかず、ウィリアムとジリアンは、その前を通り過ぎようとしていた。  貴婦人の耳に、ウィリアムがジリアンに話しかける声が聞こえる。 「ジル? 今度、2人でお茶でもどうかな? ええと、その、アネットに贈るプレゼントの相談を……」 「なぜ、私に聞く? 貴婦人の小物のことなどさっぱりだ。直接、殿下にお尋ねしたほうがよくないか? きっと喜ばれる。お前からなら、何をもらっても嬉しいだろう?」 「あ。……うん……。そうだね。いや、時にはお前と2人だけで過ごしたいと思ったのだが」  密かに好意を伝えられているのに、全くそれに気づかないジリアンが、ウィリアムと並んで足早に通り過ぎていく。  ちぐはぐな2人の会話。  伝わっていないだろう、ウィリアムの気持ち。  ジリアンの受け答えは、ウィリアムが期待していたものとは全く違ったことは確実だ。 「いっそ、お2人の間に、割って入りたいくらいですこと……。アネット王女殿下はどう思っていらっしゃるのかしら。何しろウィリアム様は殿下の婚約者。王妃様にこっそりお伺いすることが、また増えてしまったわ」  美しくて目の保養だが、どこか残念な2人組を、黒のドレスの貴婦人は、まるで壁に一体化したかのようなさりげなさで、見送った。  ところが、そんな貴婦人の姿を、メイド達は見逃さなかった。 「まぁっ!! ご機嫌よう、シンプソン夫人」 「お会いできるなんて、嬉しいですわ! うふふ、何か素敵なネタはありまして?」 「新刊をいつも楽しみにしております」  メイド達はどどっと駆け寄って、黒のドレスの貴婦人を取り囲む。 「ありがとう、皆さん。ええ、これから、王妃様のサロンにお伺いするところなんですのよ」  どこか秘密ありげに、黒のドレスの貴婦人……シンプソン夫人が、にっこりと微笑んだ。  メイド達がまぁっ!! とどよめく。 「まぁ、まぁ、それでは、お邪魔してはいけませんわね」 「名残惜しいですけれど、それではまた……!」  メイド達は可愛らしくドレスの裾をつまんで、一礼する。  シンプソン夫人も挨拶を返して、回廊を歩き始めた。  ウィリアム・ディーンとジリアンが、王宮の表の人気者なら、影の人気者はこのミステリアスなシンプソン夫人かもしれない。  メイド達はこの朝、人気者を次々に見る幸運を得て、大満足だった。
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