嵐の前

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嵐の前

「あぁ〜、さすがに疲れたぁ〜!!」  アネットは両腕を伸ばすと、肩をぐるぐると回した。  ジリアンとアネットは、無事に大聖堂での結婚式リハーサルを終え、アネットの部屋に戻って来ていた。  お疲れでしょう、と心配りをした侍女が、丁寧に入れた紅茶と3段重ねのアフタヌーンティスタンドを運んできた。  結婚式のリハーサルの後は、関係者を招いての晩餐会が夜に予定されている。  これも公式行事で、海外からの結婚式の招待客も出席する、堅苦しいものだ。  豪華な料理が用意されるが、挨拶や社交に忙しくなるアネットがどれほど食べられるかは、期待できない。  そんなわけで、せめてゆっくりとティータイムを取って、疲れを癒してほしい、という優しい侍女達の心遣いだった。 「ジル、あなたもいらっしゃい。一緒にお茶にしましょう」  ウエディングドレスを脱いで、次のドレスに着替えるまで、化粧着で過ごすことにしたアネットが手招きをして、嬉々として3段に重ねられたケーキプレートを覗き込む。  スコーンに薄いキュウリのサンドイッチ、スコーン、フィンガービスケット、鮮やかな赤色のラズベリータルト、卵の黄色に焼き上がったパウンドケーキ、それにイチゴの赤色とクリームの白が美しいショートケーキも載せられている。  アネットは、上品に薄いキュウリのサンドイッチを手に取った。  幸せそうにサンドイッチを食べると、じっと座ったままのジリアンに、身振りで彼女も食べるように促す。  ジリアンがアネットと同じく、キュウリのサンドイッチを取ると、アネットはかすかに微笑んだ。 「ねえジル。自分の心に正直に生きることが、1番幸せよね?」  ジリアンはキュウリのサンドイッチを口に運ぼうとしていた手を止めて、アネットを見る。  アネットの言葉に、不安を感じたのだ。 「アネット王女殿下。殿下は、お幸せですか……?」  ジリアンの胸がつきり、と痛んだ。  もちろん、幸せなはずだ。だって、アネットは幼い頃から愛しているウィリアムと明日、結婚するのだから。  しかし、アネットは、薄く微笑み。 「ええ、幸せになるわ。ーーあなたもよ? ジリアン。自分の幸せを、忘れてはだめよ……?」  そんなことを言うのだった。  アネットの寝室の方から、ドアが開いたり、閉じたりするかすかな音が聞こえてきた。  忙しそうに歩き回る音。  さらさら、という布がこすれる音。  水の音も聞こえてきた。  夜の晩餐会に向けて、侍女達がアネットの入浴の支度や、晩餐会で着るドレスの準備を始めたのだ。  アネットとジリアンは見つめあった。  胸騒ぎがするのは、なぜだろう?  ジリアンは思った。  アネットは何も言わない。  唇を微笑みの形にして、謎めいた瞳を、ジリアンにまっすぐ向けていた。 (何を考えていらっしゃるのだろう?)  同じ色の瞳、同じ色の髪をした、自分とよく似たアネット王女が、この時ほど、自分と似ていないと感じられたことはなかった。
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