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次の日、僕はまた小川沿いを歩いていた。細い獣道、そこには昨日あった足あとが残っていた。そのすぐ横に、おそらく今日できたばかりの足あとがある。彼女だ。間違いなく今日も彼女が来ている。 獣道を進むと、昨日と同じ場所、同じ格好の彼女がいた。僕に気づくと、小さく手をあげる。 「今日も来たのね。よほどこの場所が気に入ったのかしら」 「いや、そういうわけじゃないんだけど」 「あら、そう」 「ねえ、一つ聞きたいんだけど」 僕がそう言うと、彼女は黙ってこちらを見る。 「そこの川をずっと行くと何があるのかな」 「川? すぐそこの川のこと? そんなの私も知らないわ」 「良かったら、一緒に行かない?」 彼女は唇を噛んで考える表情をしていたが、しばらくしてゆっくり口を開く。 「いいわ。ちょうどいい時間潰しになるしね」 僕たちは小川沿いを並んで歩いていく。緩やかな坂が続いていたが、時折、急な階段があった。 僕はチラリと横目に彼女を見る。彼女は顔を少し上げて、じっとまっすぐ前を見ている。 「ねえ、普段はどんな遊びをしてるの」 僕の言葉に、彼女は顔を前に向けたまま、目だけでこちらを見る。 「遊び? 普段はそんな時間はないわ。畑の手伝いをして、ニワトリにご飯をあげて、家の掃除をして、そんなことしてたら一日が終わっちゃうもの」 「へえ、すごいね。働いてばっかりなんだ」 「あなたはどうなの。家のお手伝いはしないの」 「えっと、洗濯物をたたむくらいかな。あとはほとんどアニメを見てるよ」 「アニメばかり見てたら目が悪くなるわ。もっと外で動いた方が良いわよ」 「ううん。そうかもしれない。でも、面白いアニメもたくさんあるよ。ほら、このTシャツのキャラも僕の好きなアニメなんだ」 「そのアニメって、かなり前のキャラクターじゃなかったかしら」 その時、目の前に現れた光景に、僕たちの会話は止まった。そこにあったのは、滝だった。滝と言っても高さは三メートルほどで、勢いは弱かったが、僕たちにとっては断崖絶壁のようで、とてものぼれそうになかった。 「これ以上は進めなさそうね」 彼女がそう言って、ため息をつく。ここで行き止まりだ。さすがにスカートをはいた彼女に、こんなところを登らせたら悪い。 「ねえ、こっちは何かしら」 首を左に向けると、彼女が指さす方向に、道のようなものがあった。道の入口には看板があったが、さびていて何が書いているか分からない。 「せっかくだから行ってみましょうよ」 「えっ」 彼女の目が輝いていた。まるで宝の地図を見つけた冒険家みたいだ。 僕は視線を道の先へと向ける。道と言っても草がボウボウに生えていて、整えられてはいなさそうだ。おそらくめったに人も通らないのだろう。視線を上げると背の高い木が生えていて、太陽の光をさえぎっていた。ものすごく嫌だったが、ここで断れば男として情けない。 僕は少し迷ったあげく、「分かった。行こう」と答えた。 薄暗い道を彼女は黙々と歩いていく。僕はそのすぐ後ろにぴったりとくっつくように歩く。静かだった。靴が葉を踏む音だけが、不気味に響く。 ぼくは不安でいっぱいだった。迷ったらどうしようか。すべってケガしたら誰も助けに来てくれないんじゃないか。色んな怖い想像がふくらむ。しかし、引き返そうよと彼女に言って、バカにされるのも嫌だった。 「ねえ、あそこ。光が見えるわ」 道の先に、明るくなっているのが見えた。僕はそれを見て、ほっとする。あそこできっとどこかの道路につながるのだろう。とりあえず迷子にならずにすみそうだ。 僕たちは早歩きで、光のさす場所へ向かう。そこで、視界が一気に開けた。 「わあ、きれい」 彼女の言葉に、僕は黙ってうなずいた。そこは、展望台のようになっていた。見下ろすと、窪地のようなところに家が集まっているのが見える。人や車が豆粒みたいだった。 そして、その向こうには、山々が連なっていた。その自然のパノラマに、僕はしばらく言葉を失った。 「すごい景色。こんなところがあるなんて知らなかったわ」 「うん。僕も」 僕たちは近くの大きな岩に腰かけ、景色を眺めていた。 「ねえ、山に向かって叫ぶと、声が返ってくるのって何だったか覚えてる?」 「それって、やまびこ?」 僕が言うと、彼女は「そうそう」と何度もうなずく。 「ここだったら、やまびこもできるんじゃない」 「うん。そうだね」 「私、声が小さいから、あなたがやってくれない?」 「うん。分かった」 僕は岩から立ち上がり、大きく息を吸い込む。 「やっほおおお」 僕はめいっぱい叫んだ。しかし、その声は空気に溶け込むだけで、返ってくることはなかった。 「あら。返ってこないわね」 「ううん。もっと大きい声じゃないとだめかな。やっほおおお」 同じように、僕の叫びは静かに消えていくだけだった。 「ううん。まだだめなのかな。やっほおお。おおおい。こんちくしょう」 力いっぱい叫んでいると、後ろからクスクスと笑い声が聞こえた。 「え、どうしたの」 振り返ると、彼女が笑いをこらえていた。 「ふふ、だって、すごく必死で、ふふふ、叫んでいるからおかしくて、ははははははは」 彼女はお腹を抱えて笑い出した。 「そんなに笑わなくても」 「はははは。あら、ごめんなさい。はは。あまりに面白くて」 彼女は目に涙まで浮かべていた。何だかここまで笑われると恥ずかしい。しかし、彼女が初めて見せる笑顔に、少しホッとするような気持ちになった。 僕たちは家に帰るため、小川沿いの道をさっきとは逆に歩いていた。彼女は疲れたのか、言葉はなかった。 「今日はここで良いよ」 大きな道路に出たところで僕は言った。疲れている彼女に今日も家まで送ってもらうのは申し訳ない。彼女は少し寂しそうな顔をして、「分かったわ」とうなずく。 「今日は楽しかったわ。ありがとう」 そう言って手を振る彼女に、僕も手を振り返した。 「こちらこそありがとう」 僕が言うと、彼女は微笑み、下り坂を歩いていった。 僕は彼女とは反対方向へと進む。一日歩き回った足で、のぼり坂を進むのはなかなかきつかった。 僕はふと立ち止まり、後ろを向く。そこにはもう、彼女の姿はなかった。
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