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昨日までの湿った空気ではなく、夏らしい、肌を刺すような空気になっていた。木々の葉から届く日差しは、めまいがしそうなほど強烈だ。 僕はまた、この空間に来ていた。周りを見ても木々しかなく、世界に一人しかいないように思えてしまう。 僕は瞳を閉じる。闇の中で、水の流れる音が聞こえた。小川の音だ。涼しげで、心の隅々まで洗ってくれるような、清らかな音だ。 自然の音色に身を任せていると、一つ違う音が聞こえた。誰かの足音だ。小刻みで、上品な足音、ここに来るのは一人しかいない。 目を開けると、彼女がこちらに向かって歩いてきていた。僕の姿に気づき、ニッと笑みを見せる。 「やっぱりここにいたわね。今日は、お別れのあいさつに来たの」 お別れ。その言葉が、僕の胸を鋭く刺した。 「今日、これから家に帰るの。最後に、あなたにはあいさつしようと思ってね」 「家に帰るんだ」 「そう。あなたと遊べて楽しかったわ。また会いましょう」 また会いましょう。それは、いつのことなのだろうか。僕は、それが訪れることがないことを知っている。 「ねえ」 僕は、すっと右手を彼女の方に差し出す。 「もう少しだけ、遊ばない」 彼女は、困ったような表情を見せる。そして、ゆっくり口を開いた。 「ごめんなさい。もうすぐ出発しないといけないの。悪いわね」 「うん。そっか。分かった」 僕は差し出した手を、ゆっくり下げる。 「それではごきげんよう。さようなら」 彼女はフワッとした笑顔を見せ、獣道を戻っていく。やがて、その姿は見えなくなった。 またこの空間に静寂が訪れ、一人きりになった。小川の音が、なぐさめるように耳の奥をなでる。 僕はすっと視線を上に向ける。日光を浴びて輝く木々の枝が、風に揺られていた。 いつかの彼女の言葉を思い出す。東京より、自然いっぱいのこの村の方が良い。 確かにそうかもしれない。自然にあふれたこの場所では、自分に戻れる気がした。 僕はまた、瞳を閉じる。闇の中で、意識が、大自然の中に溶け込んでいった。
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