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「ねえ、沙由里はまだ見つからないの」 私が聞くと、夫は青白い表情のまま、首を振る。 私達一家は、夏休みを利用して、この村にある親戚の家に、三泊四日で泊まりに来ていたのだ。そして、最終日、我が家に帰ろうとした時、娘の沙由里が急にいなくなったのだ。 「私、山の上の方を探してくるから、あなたは民家の方を探してよ」 「ああ、分かった」 私と夫は、二手に分かれて沙由里を探すことにした。 少し山手に登ると、小川があった。確か、昨日、この小川で遊んだと言っていた。もしかしたら今日もここに来ているかもしれない。 その時、上流側に、人の姿が見えた。それは、沙由里だった。私に気づき、大きく手を振る。私はほっと息を吐いた。 「もう、どこに行ってたのよ。心配したじゃない」 できる限り優しい口調で、彼女に言う。 「ごめんなさい。一緒に遊んだ男の子にお別れのあいさつをしていたの」 「男の子?」 このあたりに男の子などいただろうか。この村は若い人はほとんど離れ、高齢の人しかいないはずだ。 「そう。この道をずっと行ったところにある家のお孫さん」 私は、この先の家に住む老人のことを思い出した。そう、おばあさんが一人暮らしで、たまに息子夫婦が帰省していたはずだ。そして、数年前、お孫さんは川で足を滑らせて……。 寒くもないのに、体が震え出した。目の前にいる沙由里を見る。不思議そうな顔をこちらに向けていた。 「沙由里、早く帰るわよ」 私は彼女の手を取る。 「え、あ、うん」 私は彼女の手をぎゅっと握ったまま、早足で元の道を引き返す。隣にいる沙由里は歩きながら、何度も後ろを振り返っていた。
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