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夕焼け空と色彩の魔術師
日が落ちるのが遅いとはいえ、中学生が遅くまで出歩くのは良くないだろうと、ファミレスを出たのは6時半を少し過ぎた頃。
「今日はあんまり時間取れなかったから、また会おうよ。そしたら今度は誘拐犯にならないし」
いたずらっ子みたいな笑顔だけど、周りにはちょっと不安と緊張の色がある。
こんな人でもきっと断られるのは怖いんだと思って、思わず笑ってしまった。
「良いですけど、絵とか色とかは彩生さんの方が詳しいと思いますよ」
「そりゃ勉強してるもん。でも虹花ちゃんの見てる世界は、あたしに見える世界よりもっとたくさんの色があるんでしょ。あたしはそれが知りたいんだ」
なんでそんなに色に拘るのだろうかと首を傾げると、彼女は照れたように頬を搔く。
「虹花ちゃんは『色彩の魔術師』って呼ばれる画家を知ってる?」
私が首を横に振るのを見てから、彩生さんは夕焼け空を見上げた。
無造作に結んだホウキ頭が地面を向くと、上向いた顔が空の色を映して茜色に染まる。
「ドラクロワ、マティスそしてデュフィ。特にマティスは自分の感情を彼独自の色で描いた画家なんだ。あたしはそれをデザインの世界でやってみたい」
「自分の感情を、自分の色で……」
黒く見えるほど多くの感情の色をどう表現出来るのかわからないけれど、私も知りたいと思った。
「だからさ、他の人よりたくさんの色が溢れる世界を生きてる虹花ちゃんの世界が見たい、知りたい。教えて、虹花ちゃんの世界を!」
空を見上げていた彩生さんがこちらを向くと、たくさんの色が広がる。
夕焼けの茜色と薄紫に、希望の色がカラフルに広がるそれはあまりにも幻想的な光景だった。
「じゃあ、代わりに私に色と絵を教えてください」
「超初心者向けくらいだけど、良い?」
私は大きく頷いた。
にしし、という笑い声を上げる彩生さんは酷く照れくさそうで、でもぱっと咲くような喜びと希望の色に溢れている。
そうだ、世界は色で溢れている。
自然の色、感情の色……私の世界は色で溢れている。
そしてそれはどちらも等しく美しい。
次々に目に飛び込んでくる色彩……私にとって彼女はもう立派な色彩の魔術師だ。
だって暗い黒ばかりだった私の世界を、こんなにも鮮やかで色彩豊かな黒に作り替えたのだから。
了
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