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「勝手なこと言わないで……あなたはキレイな色を持ってるくせに、私みたいに死人の黒じゃないのに……」
ぶわっと湧いた黒い靄でまた周りが見えなくなると、本音が漏れる。
悔しさに俯けば、自分の黒いワンピースが見えた。
死人にはお似合いの服だ。
「……虹花ちゃんは減法混色って知ってる?」
スカートを握りしめている私に、少しの間をおいて降りてきたのは意外にも穏やかな声だった。
「色ってたくさん種類があるんだけど、すっごくわかりやすく乱暴に言っちゃうと、全て3色で構成されるのね。これ、専学で使ってるカラーコードなんだけど、ここに色成分って数字が書いてあるでしょ。これが基本になる青、赤、黄色の配合具合ね」
突然始まった美術の講義に呆気にとられていたら、彼女は大きなバッグからカードリングで綴じられたB4サイズの紙を取り出しテーブルの上に置いて、その中の一枚を指さしながら話を続けた。
そこには茶色っぽいものからピンクに見えるものまで多彩な赤い色が並び、横に謎の数字が幾つも印刷されている。
次にそれを捲って別の一枚を見せた。
「そんでもって、こっちが黒系統の一覧。全部同じように見えるかもなんだけど、太陽の下で見ると違うのわかる?」
彼女が窓際にカードを寄せると、同じように見えた黒が全て違う色だと気付いた。
赤っぽい黒、緑がかった黒、青っぽい黒……
「これも全部その3色で出来てるんだ。色が多く集まると黒くなる、これが減法混色ってやつ。きっとね、虹花ちゃんの感情の色もそれだと思う。他の人より、自分の感情の色の方がよく見えるから、全部混ざって黒く見えるんじゃないかな」
「え……」
私はポカンと口を開けて目を見開く。
あの事故の後からずっと悩んできたことが、こんなに簡単に、それらしい答えを得ることになるとは思いもよらず、頭が真っ白になった。
それによって一気に黒い靄が晴れて、視界には彩生さんの鮮やかな感情の色が飛び込んで来る。
まるで希望の光みたいに、私には思えた。
「虹花ちゃんは黒を死んだ人の色って言ってたけど、真っ黒に見えるほどたくさんの感情を持った死人なんてきっといないよ」
ああ、そうか……私の感情もたくさんの色を持っているんだ。
重なって重なって、黒く見えてしまうほど。
彩生さんの言葉が胸の奥にじん……と染み込む。
私はわけのわからない不気味なものじゃなくて、ちゃんと生きてる福田 虹花のままなんだ。
にしし、という笑い声に顔を見たら、彼女の色と同じく濁りのない笑顔が迎えてくれた。
その温かさに涙が溢れる。
「えっ!? なんで泣くの!? 泣かないでよー、ホントに誘拐犯みたいになっちゃうから!!」
彩生さんの慌てふためく様子に、私はぼろぼろ泣きながら、声を上げて笑った。
視界を黒い靄が覆ったけれど、もうそれを死者の色だとは思わない。
それはきっと彼女の言うように、色に溢れた黒なのだから。
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