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しばらくして彼女は音の出るほど深く息をした。
どうやら本当に息をするのを忘れていたようで、呼吸とまばたきを繰り返した途端に吹き出すように感情が溢れ出す。
まるで全神経を使って作品を丸呑みしたみたいだ。
喜びの黄色、憧れの黄緑、興味や共感を示すオレンジ……呑み込んだ途端に爆発でもしたように撒き散らされる様々な感情に私は目を瞠った。
彼女の次の行動にも。
その人は肩から下げた大きなトートバッグからスケッチブックを取り出し、おもむろに何かを描きはじめた。
美術館ならともかく、こんな中学生の催しで模写をする人など見たことがない。
しかもこの人の描いているのは模写ですら無かった。
「ねえ」
彼女の言葉が呆気にとられる私に掛けられたものだと気付いたのは、続く言葉が出てからだ。
「違ったらゴメンなんだけど、これ描いた虹花ちゃんだよね?」
スケッチブックと絵を交互に見ながら、すごい勢いで大小の丸印と謎の数字を書き込みながら訊ねてくる。
「え……」
外見は飾り気のない白のTシャツにジーパン、大きなトートバッグというごく地味な服装に、傷んだ茶色の髪をざっと結んだほうき頭で、特にこれといった特徴も、見覚えもない。
怪しいか怪しくないかでいえば、間違いなく怪しい人だ。
その絵は確かに私が描いたのだけど、素直に教えていいものか悩む。
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