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黙り込む私の前で、彼女はバッグからペラペラのパンフレットを取り出した。
「去年の市民だよりで表彰式の写真見たんだ。去年は銀賞だったでしょ。あたしファンなんだ」
にしし、と笑った顔がこちらを向く。
見えるのは興味、憧れと少しの不安の色、そして喜びの色。
「私は……」
全身から会えて嬉しいという好意を送られて、どう答えるべきか迷っていると、不意に公園の鐘の音が聞こえた。
午後5時の鐘の音、それはこの美術館の閉館の合図でもある。
「虹花ちゃんは缶ジュースとチョコレートパフェならどっちが好き?」
いつの間にかスケッチブックをしまい込んだ彼女にいきなり訊ねられて、混乱した私はチョコレートパフェと答えてしまった。
「だよねー。じゃあ、そこのファミレス行こう」
嬉しそうに手を繋ぐと、ぐいぐいと引っ張ってゆく。
悪い感情の色は見えないけれど、さすがに焦った。
「ちょ……何するんですか!」
「せっかく推しに話を聞ける貴重な機会だもん。お布施としてパフェ奢るから、話聞かせてよ」
振り払おうとしたら、ますますおかしな事を言い始める。
私は噛みつくように声を上げた。
「たかが中学生の提出物に推しも何もないじゃないですか!」
「なんで? 中学生の作品だろうが小学生だろうが、良いと思えるものは推すでしょ。推したら作品のこととか聞きたくなるのは普通だってば。だからさ、パフェ一つ分……いや、ドリンクバーも付けるから、お願い! お姉さんを助けると思って」
あまりにも純粋な好意の色が漂って、目が眩む。
まさか学校への提出物の前で、見知らぬ人に拝まれる日が来るとは想像もしなかった。
だからうっかり聞き返してしまったのは、不可抗力だ。
「助けるって……」
「私さ、駅前の専学でデザインの勉強してんの。でも私の作るものって色彩感覚がイマイチなんだって。虹花ちゃんの作品は色んな色が溢れてるのに、ちゃんと纏まりがあってカッコイイの。だからお願い、ちょっとお話してくれるだけで良いから。ヒントが欲しいんだよう!」
縋り付くような好意の色に当てられて、なんだかすごく頭がぐらぐらした。
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