ニガヨモギ

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 訪れた職員が、じつは押し込み強盗の可能性も考えて、庭に出る窓のカギをあらかじめ開けておく。  庭に出て、いざという時の逃走経路を簡単に確認して一息つき、リビングに戻ろうとした時、アプション化した母に視線を向けた。  のんびりと光合成をして、自然に溶け込んでいる穏やかな安息。  空腹も困窮も、人間関係の煩わしさもない理想的なフォルム。  好奇心から、バランスボールを(かか)えるように持ち上げて、意外と軽かったことに驚いた頃が懐かしく、とても遠い昔のように感じられる。 「…………」  助かりたい、助かりたくない。  そんな贅沢な悩みのせめぎ合いに、(のど)の奥がぎゅっと鳴った。  母と同様に、僕もアプション化してマリモになれば、すべて解決されるのだろうが、無抵抗な相手に対して暴力を振るうことが、なけなしの僕の良心を悩ませた。  僕は追い詰められている、けれども最低なことをしたくない。  今すぐ助けて欲しいのに、他人に助けを求めることなんて出来ないししたくない。他人に助けられた瞬間に、僕は惨めな存在に確定されて、憐みの対象に成り下がる。  僕は僕でいたいのに、みんなは僕の望む形に寄り添って助けてくれないんだ。  助けた側は、助けられた側の人間を、その()り方を否定していることに気づかない。  助けられた瞬間にクズになる人間の気持ちを、助けた側の(ひと)りよがりな感謝と善意を押し付けられる苦痛を、誰も理解してくれないんだ。  考えれば考えるほど気分が落ち込み、涙で視界がじんわり歪んで息が苦しくなる。 ――ピンポーン。  インターフォンの鳴る音でハッとなった。  ジャージの袖で涙を拭きつつ、リビングに戻って玄関へ急ぐ。  とうとうは(さい)投げられた。
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