ニガヨモギ

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 人間はどこまでも愚かで救いようがない。  アプション化した発症者を、当初は専用の施設に収監して保護していたのだが、すぐにキャパオーバーとなり、発症者は自宅待機……というよりも、その辺に放置することが主流となった。  アプション化してマリモの形状になると、光合成が出来るようになって、太陽の光と水だけで生存できると分かったからだ。  パニック映画のように人を襲う事件も起こらず、ただ人手がいなくなるだけで、ぎりぎりの平穏が維持されている異様(いよう)さ。  高いストレスに慢性的な寝不足――医療従事者を筆頭とした日常を支える(にな)い手たちが、アプション化して一気に使い物にならなくなり、この日本で一番元気なのは、国会で眠りこけている老人たちだという皮肉も一時期流行った。  事態の悪化に拍車(はくしゃ)がかかったのが去年の冬だ。 【アプシンシオン】は当初、感染しない病気だと考えられていた。  感染が判明したのは、迷惑系YouTube(ユーチューバー)【ゆずるん♪】がアプション化した自分の家族に対して、角材で殴りつける動画をライブで配信し、多くの人間が目にすることとなった。 『みんなビビってんじゃねぇ! 親の責任を放棄したこんなクソ団子は、ストレス発散のサンドバックにすればいいんだよ』と、髪の毛を茶色に染めた軽薄そうな若者――ゆずるん♪はツバを飛ばして熱弁(ねつべん)する。  固唾(かたず)をのむスタッフ。風を切る角材。勢いよく振り下ろされるも、大きな枕を叩いたような音が部屋に響く。 『はぁっ! はぁっ! はぁっ! 』  ゆずるん♪は、鼻の穴を広げて威嚇(いかく)するように唸った。  角材が直撃した緑の表皮(ひょうひ)は無傷であり、ふわふわな毛が角材を受け流しているようにも見えた。    残酷な惨劇が回避されて、視聴者は拍子抜けしつつも安堵しただろう。  対するゆずるん♪の顔は、怒りと焦りで真っ赤に染まっていた。  インパクトのあるグロテスクな()が取れず、自分がピエロのまま終わることが許せないプライドの高さから、撮影機材を持っているスタッフたちも暴行に加わるように呼び掛ける。 『このまま終わらせられるか! 血が出るまでぶっ叩け!!!』 『おおーっ!!!』  見ていて気分の悪い、完全な悪ノリだった。  終わりが見えなくなった暴力の嵐。  10分、20分、一時間ほど経過して、ついに発症者に変化が訪れた。 『お、なんだ、わっわわわわ……』  ようやく訪れた理想の展開であるのに、ゆずるん♪は驚愕で顔を猿のように歪ませる。 『これ、すげえじゃん』 『再生数どれぐらい伸びるんだろうな』 『つか、逃げた方がよくね?』  明かな危機が迫っているのに、スタッフたちの態度は呑気(のんき)そのものだ。  アプション化した発症者の毛が逆立ち、形状が風船のように膨らみはじめ、緑から透明に変化した表皮(ひょうひ)から、水のような体液と紐状の臓器が確認できた。  二メートル近くまで膨張した発症者(マリモ)は、怒りを表現するかのように、透明になった表皮の内側で無数の気泡をぶくぶくと発生させ、キューッと、ヤカンが鳴った音が響いた瞬間に。 ――パンッ!!!  乾いた音を立てて、緑色の粉が部屋中にまき散らされ、映像が深緑で汚染される。 『うわ、なんだ』 『にがッ』 『う、ぺ。ぺ。ぺ』  緑の(もや)の中で交わされる会話。  換気扇がまわされる音。  靄が晴れたものの、レンズには緑の粉がうっすらと残り、緑色の状態に戻った発症者とゆずるん♪の姿が映し出される。 『なぁ、ゆずっち、これって』 『あ』  緑で汚れたカメラのレンズに映る自分の顔。  なんで、自分たちの顔に1が現れているのか?  遅すぎる阿鼻叫喚(あびきょうかん)の悲鳴が上がり、ライブ配信は終了した。
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