ニガヨモギ

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「あぁ、そんなことでしたか? 問題はありません。こちらでストレスをコントロールする薬の用意が出来ています」 「感染対策なら万全です。五年前から最悪の事態に備えて、政府は地下シェルターを建造いたしました。食料も貯水も年単位の用意ができています。ですから、ご安心ください」 「…………」  懇切丁寧な彼らの質問に、僕の直観が告げている。  彼らは嘘をついていないが、肝心なことを全部話したわけではない。と。 「お断りします!」  そう言って、窓を開けて走り出そうとするも。 ――ビタン!  間抜けな音がリビングに響いた。  日ごろから自堕落な生活をしていたツケだ。急に動こうとして足がつり、窓の前で盛大に転倒する。 「なぜ逃げるのです。私たちはあなたを保護しにきたんですよ?」 「うるせえ!」  助ける? 笑わせるな!  ストレスをコントロールする薬に地下シェルター。  感染対策が万全で、一定数の人間が居住するというのなら、その分の維持と管理はなにで(まかな)う?  その上で僕に働け?  つまり、コイツラはシェルターを維持するために必要な、従順な奴隷を探しに来たのだ。  連れていかれた先で待っているのは、僕の尊厳を無視した、彼らにとっての人間らしい快適な生活。 ――そんなこと、許されるわけないだろ!  二人は僕の醜態を見て、完全に油断している。  すぐ確保して拘束すればいいのに、ゆっくりと立ち上がって近づいてくる気配に、怒りで頭が焼き切れそうだ。  よろよろと窓を開けて、まさにほうほうの(てい)で庭に出る。 「お持ちください。落ち着いて話し合いましょう」 「…………」  この二人は確実に僕を、臆病な引き籠もりだと舐めていた。  同じものが見えているハズなのに、自分たちだけは安全だと根拠のない(たか)(くく)っている。  ダッ!!!  足のこわばりが取れたと同時に、僕はアプション化した母へと駆け寄り、力いっぱいリビングに向かって投げつけた。 ――パンッ!!!  反射的に母を振り払ったのだろう、乾いた音と短い悲鳴が背後に聞こえる。 「おまえ! 自分の母親を――」  石のように投げられた声を無視して、僕は町へと走り出した。
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