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あれから、僕は夢中で逃げまわった。
ゴミと汚臭が蔓延する町には、アプション化したマリモが路上に転がり、人らしい人の姿なんて見あたらない。
「…………っ!」
不意に、舌に強烈な苦みを感じて立ち止まり、全身に脱力感がのしかかってくる。
がっくりと膝を折り、空を仰ぐ形になると、僕は恐怖で目を見開いた。
「あ」
『僕の住んでいる地域は、梅雨前になると寒冷前線の影響で大陸から黄砂が飛んできて、咳や喘息といった体調不良を引き起こす』
『我々の予想をはるかに超え【アプシンシオン】は世界へと波及しました』
『食料も貯水も年単位の用意ができています』
「あっ、あ、ああああ……っ」
記憶の星が瞬いて、現在の光景へと回帰する。
なんで、あの二人が、今日、このタイミングで来たのか。
ここまで来れたのだから、なんかしらの対策をしてきただろうし、話で出てきたストレスを抑制する薬も服用してきたのかもしれない。
けれど、この地域に住んでいないからこその見落としがあった。
そして、彼らの認知に引きずられる形で、僕は深く考えず無防備に外へ出た。
出てしまい、後悔した。
――空の一部を染め上げている膨大な深緑色の胞子。
世界を丸ごと汚染し始めている、圧倒的で暴力的な緑色が僕に襲い掛かってくる。
すでに逃げ場なんてなく、助けを拒絶した時点で運命は確定した。
だけど。
「い、いやだ」
心が折れて、ようやく素直に助けを求めるも、なにもかもが遅かった。
「助けて、助けて、いやだ、マリモなんかに、なりたくない、なりたくないいいぃっ。母さん! 助けて、母さああああああんっ!!!」
パニックになる僕を嘲笑うように、緑色の風が吹いた。
【了】
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