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あの後、店に出勤すると、本部のマネージャーとエリア部長が居た。
ヒキガエルみたいな部長が、「遅い、どうしたんだ?」と喚きたてるのを無視して、マネージャーに詰め寄った。
人が一人死んだっつうのに、何も変わらないフリして働いてられるかと。
ついでに、人を人とも思わないような労働環境に対する文句を全てぶちまけてやった。
ヒキガエルは、真っ青になって本当のカエルのように口をパクパクしていたが、マネージャーはそのいけ好かない黒縁眼鏡を指で押え、ただ静かに聞いていた。
そしてヒキガエルに話を聞きたいと言って、別室に籠ってしまった。
あれから、一週間経った。
てっきりクビになると思っていた自分は未だに同じ店で働いている。
しかも、労働環境は驚くほどに改善され、辞めるに辞められなくなってしまった。
何度聞いても覚えられない名前の国から来た、異国の陽気な男は、相変わらずカタコトの日本語でオーダーをこなしている。
たまに黒縁眼鏡が「不都合はないか」と様子を伺いにくるのが妙にくすぐったいが、悪い気はしない。
ヒキガエルは何処かに飛ばされたようだ。
今でも週に何回かはあの橋の所に行ってみるが、女にも河童にも西山にも会えたことはない。
ただ、胡瓜の漬物を祠に置いておくと無くなっているから、西山は河童になって元気にやっているようだ。
あの雨の日に河童になった開放感をたまに思い出す。その時、ほんの少しだけ、西山が羨ましいと思うのだった。
空調のため締め切った窓越しに、暑苦しい蝉の声が聞こえてくる。
パソコン作業の脇で、つけっぱなしのラジオアプリが梅雨明けを告げた。
おわり
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